Novel


≫新連載 ≫短編 ≫大人 ≫Top

03-2



ホテルの最上階にあるレストラン。
互いの表情が判別できる程度に落とされた照明の下で、黒いテーブルセットに向かい合って座る。白い布製クロスの上に置かれたガラスキャンドルの火がゆらゆらと揺れて、空のグラスや磨き抜かれたスターリングシルバーのカトラリーにオレンジの光が映り込んだ。
すっかり陽は落ちて窓の外には美しい夜景が広がっている。

ふたりでディナーといっても、今日のところは本格的なコースではなく好きなものを注文して食べることになった。コースとなると2時間はかかるので、気を遣ってそうしてくれたのだろう。彼は運転があるので飲めないし、私も翌日に響くのでアルコールはやめておくことにする。
メニューを開いている彼を見て、私は気付かれないように溜息を吐いた。

……絵になる人だなぁ。
感動のため息である。
白い長袖シャツに黒のジレ、生成り色のパンツ。ジレというのはベストのことだ。首に巻かれたループタイには深緑の石がはめこまれている。当然というか、車から降りてここまで来るのにすごく見られていた。本当にみんな一度はこっちを見ていたし、何ならホテルのスタッフも見てた。イケメンがすごい。
いつもにこやかな印象の強い彼が、伏し目がちにメニューの文字を追う様子は物憂げでちょっと中性的だ。ブライト・スカイ・ブルーの目は暗い場所で見るとまた違った色に見える。空じゃなくて、深い海の青かな。もっと近くで見てみたい。……じゃなくて。真面目に料理を選ぼう。仕事ではともかく、プライベートでこういった店に入ることはなかなかないので、楽しまなくては損である。


20分後、案の定というか、私は悶えていた。

「お、美味しい……!」

牛フィレ肉と贅沢にもその上に乗せられたフォアグラをまとめてナイフで切って口に運ぶ。舌の上でとろけるようにほどけるフォアグラの身と、噛みしめるたびに溢れる肉の脂。煮詰めたマデラワインベースにバルサミコ酢を加えたソースと絡まって大変に美味しかった。たまにはこういうちょっとお高めの味も良い。
バターをたっぷり溶かし込んだソースと一緒に、付け合わせのホワイトアスパラの柔らかな甘さを堪能する。こちらは繊細な味というよりも、ソースに負けない素材の旨みだ。美味しいものを食べると、単純に生きててよかったーと思う。まあいつも思ってるけど。
感動でオイシイしか言えなくなった私を、向かいの席から安室さんがちょっと笑いながら見ている。それは自然な笑顔に見えた。

「ポアロでも思いましたけど、ナナシさんは何でも美味しそうに食べますね」
「だって、本当に美味しいんです!これも美味しいですけど、安室さんのハムサンドとか、梓さんのミートスパゲティとか、ほんとにすごく美味しいんですよ!」
「ありがとうございます」

作ってる本人に力説するのもどうかと思うが、安室さんは嬉しそうに笑っているのでよしとしよう。なかなかかわいい。今後もポアロの美味しさを推して参る。しかし、安室さんは探偵だった。

「ナナシさんは食べ物だけじゃなくて、いつも何か見つけては嬉しそうにしてますよね」
「そんなことはないですけど……」
「こないだもコナン君は奇跡の頭身だと言って、抱き上げて興奮してましたし」
「いや、よりによって何でその場面見てるんですか」
「気付くと目で追ってるんですよ。なんて言えばいいか……、……いつも楽しそうにされてて、……輝いて見えるので」
「えっ、えええ……恥ずかしい、それ……」

美味しそうな炭火焼ステーキを優雅に切りながらとんでもないことを言ってきた。明らかにお世辞と分かるならまだしも、彼は考えながら、真面目に言葉を探してくれたようだったので私は正直赤面する。そういうことを言わないでほしい。言うなら冗談と分かるように言ってほしかった。

「気付いてませんでした?今日だってみんながあなたを見てたじゃないですか」
「……ん?見られてたのは安室さんでしょ。安室さんちょっとキラキラしすぎじゃないですか?こう、オーラが」
「……それは初めて言われましたね。そんな風に見えますか?僕」

安室さんはナイフをとめてにっこりと笑う。私は半眼になった。

「だからそういうところですよ……安室さん、絶対自分がかっこいいってわかってるやつじゃないですか」
「そんなことはありませんが、あなたはもう少し自覚を持ったほうがいい」

心配になるので。と最後に付け足してくる。こいつ、タラシなのか?という疑惑が持ち上がるほどに洗練された(?)言葉の組み合わせである。うっかりときめいてしまった。やりおる……、と、妙な敗北感に支配されて安室さんの顔から彼が食べているステーキに視線を落とす。
すると、私の視線をたどった安室さんがフォークで自分の皿のお肉を一切れ刺して差し出してきた。

「ああ、僕の食べますか?はい、口開けて」
「いや、それは難易度高いから!……お皿にください……」

サッと自分のお皿を両手で出した私に、安室さんは声を上げて笑った。




Modoru Main Susumu