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4課からの情報を元に探りを入れた結果、対象と接触した人物はほどなく見つけることができた。もちろんコードネームなどはない末端の構成員だ。クローズドな組織に入り込もうとする場合、飛び込みのような真似はまず出来ない。既に構成員となっている人間に口を利いてもらうのが一般的だ。よほど界隈に名が通っていれば逆に勧誘されることもあり得なくはないが、大抵は自分から売り込む他ない。
口を利く側にもメリットはある。引き入れた人物が優れた活躍を見せれば自分が認められることにもなるし、手駒も増える。そして運良く幹部の目に留まれば、一気に出世への道が開けるのだ。

「……問題は、」

テーブルに片肘を突いてその手で前髪をくしゃりと掻き上げる。ワイヤレスの黒いイヤホンから耳に流れ込んでくる声を聴きながら、考えを巡らせた。この段階で横入りするのは容易くとも、他の幹部に見つかると少々面倒なことになる。探り屋として組織内で上手く立ち回るために自身も秘密主義を貫いてはきたが、最近は特定の幹部と行動を共にすることが増えてきている。特にその人物に見つかることは避けたい……が、ここは先手を打って逆の発想で行くか。対象を"組織の幹部じきじきに接触しても違和感がない"、かつ、"自分の一存で始末できる"人物に仕立て上げるのだ。相手は中小企業の専務で、犯罪歴もない。組織の探り屋がいきなり彼に目をつけるのはおかしいだろう。情報を掴むきっかけとなる出来事のシナリオをどうするかだが……。

「……」

ふいにノイズが耳に入る。続けて聞こえてきたのは、男女の言い争う声だった。下の階の男に盗聴されているとも知らずに痴話喧嘩を始めたらしい。重要なことは喋りそうもないな。……本来、自分は裏方で誰かに指示を与えはしても、こうして現場に出てきて捜査を行う立場ではない。まして組織に潜入して幹部にまで出世してしまうなんてことは、もちろん限られた上層部は知るところだろうが、所謂闇社会と繋がっていることも往々にしてある霞が関の省庁関係者に知られれば狙撃対象だろう。自己の保身のために他人を切り捨てる、笑い話にもならないが染まってしまった官僚とはそういうものだ。敵はどこにでも大勢いる。だが、目的のためには反社会的組織に潜り込んで活動する俺自身の姿もまた、誰かにとっての悪であり敵か。溜息を吐いたそのタイミングでポケットの中が震える。イヤホンを外してスマホを取り出すと、一通のメールがきたところだった。

『ごめんなさい。会社に忘れ物をしてしまったので、待ち合わせ場所を会社の前にしていただけませんか?』

それを見て、スマホを持ったまま思わず固まった。準備に5日、決行は今日。情報をくれてやったのだから手伝えなどとちゃっかり要求してきた4課と連携し、対象のパソコンから横領の動かぬ証拠を抜き取る手筈になっている。


「ナナシさん、よろしければ僕と食事に行っていただけませんか?」
「へっ?」
「ナナシさんには探偵業の方でもお世話になっていますので、お礼も兼ねて」
「でも、こうしていつも美味しいものを食べさせてもらってますし、むしろ私がお礼するべきなんじゃ……?」

空になった皿を下げる際にそうやって食事に誘うと、彼女はただ不思議そうに瞬きをした。店員に本気でお礼をする客なんて聞いたことがないが、彼女のポアロへのこだわりを見る限り本気で言っている。他の客がいないのをいいことに、安室透は苦笑して彼女の正面に回り込み、椅子を引いて向かいに座った。

「僕があなたと一緒に食事したいんですよ。……駄目ですか?」

眉尻を下げて首を傾げると、彼女は「おぉ……」と呟いて俺の顔を凝視する。反応は上々……いや、なんか思ってたのと違う……正直そう思ったが、最終的にはOKしてくれたので良しとしよう。

「とおるさん?えーっと……」
「透けるっていう字ですよ。あ、これです」

スマホを持つ白い手に自然な動作で自分の手を添える。彼女は電話帳登録画面を覗き込む安室透をちらりと見て、すぐに視線を戻した。
……これが数日前のやりとりである。

彼女とはポアロで数回、会社では3回会っている。最近また暴行事件が起きたことを告げると(わざと起こしたのだが)、俺が社内で動きやすいようにさりげなく対応してくれた。ポアロではひたすら楽しそうに食事をしているだけだったが、よく気がつく人物だ。今のところ専務と彼女に仕事以外での接点は見られないが、用心するに越したことはない。……まずいな。実際に作業するのはPCであって人ではないのだが、捜査員は対象が現れるかもしれないと息巻いて現場に詰めている。さすがに社員全てが退勤した暗いオフィスで、4課の暴力団員のような強面が静かに徒党を組んでいたら通報するだろう。俺なら即座にする。そして最初に駆け付けるのは付近にいる交番勤務の警察官だ。それが配属間もない若い巡査とかだったら目も当てられない……深く癒えないトラウマになるだろう。一瞬考えて、仕方なく部下の番号をコールした。

「……現場の捜査員を一旦退避させてくれ。仕掛けはそのままで構わない……それと、君は今動けるか?これからデータを送るから確認を頼む」

スマホからウェブメールにアクセスし、前に構築して結局使わなかったダミープログラムを送信する。本文で伝える場所は食事の約束をした都内のホテルだ。館内見取り図とエレベーターの制御盤の図面、電子回路図はこれから見せてもらうしかない。増えた仕事に指で目頭を軽く押さえつつ、ノートPCを立ち上げて思案する。面倒だ……乗っ取った方が早いな。あとは現地で風見に動いてもらい、制御プログラムの書き換えに見せかけてエレベーターを止めてしまえば良い。
ここまでする必要は正直ない、そう思う。だが、万一ミョウジナナシが対象と関わりがあったり、偶然にもあの仕掛けに気付いてしまう可能性がゼロではない以上、どんなに些細な懸念も取り除いておかなければ完璧な仕事はできない。……件のシナリオを考えるのは後回しになりそうだった。




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