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17-15



「ナナシさん……今の話、どういうこと?」

真剣な表情のコナン君。私は刑事さんの足を踏んづけて腕を振りほどくと、身を屈めた。コナン君の中身が高校生探偵の工藤新一であり、組織の何らかの犯罪に巻き込まれてこの姿になっている、それは私の予想だ。ただ、彼が組織とただならぬ因縁があることは間違いない。鈴木財閥のパーティーの折、実際にベルモットと顔を合わせた時でも、この子はここまでは動揺していなかった。銀髪の男……ジンはコナン君にとってベルモットより重要な存在ということか。

「コナン君、あとでゆっくり話そう。できれば……私が銀髪の男と会ったっていうのは誰にも言わないでほしいな」
「……分かった。絶対だよ」

ちらりと刑事さんを気にしたコナン君は、一応納得して頷いてくれた。
コナン君とは話をしようと言っていたのに、事件続きで機会がなかった。赤井さんとも話をするつもりが、レストランに現れたのは安室さんだったし。まあ、その安室さんとの話し合いもしなければならないわけだけど……。もう4人で組織対策会議でも開いた方が早いのでは?と思わないでもないが、一部が共演NGだから無理か……めんどくさい男どもである。

「音が近付いてきたな……赤外線センサーがあるから固まってると狙い撃ちされる」

上空を気にした刑事さんがそう言って私達に移動するよう促す。会ったばかりだが一時お別れのようだ。足場の悪い高所に取り残されて、こちらを狙うのは最新鋭の軍事兵器。こんなに絶望的な状況は正直、前の世だったとしてもそうそうない。なのに怯えるどころかどうにかこの状況を打開する策を考え巡らせるその姿は、彼が高校生だったとしても、とても信じ難いものだ。関わってはいけない……確かに、私の勘は正しかった。一度関われば最後、思案するその小さな横顔を見つめずにはいられない。

「コナン君、気を付けてね」
「ナナシさんも、怪我しないで」

コナン君と顔を見合わせて、こくりと頷き合った。刑事さんともここで別れた方が良いだろう。センサーが付いているのなら起爆装置周辺に人がいるのはバレてしまっているはず。銃撃を始めたということは、もう爆弾は解除されているのかもしれない。爆弾を解除したのが誰かまでは分からないが、おそらくその人物は設置された爆弾を回収してまわっている。コナン君が走り出すのを確認して、私は刑事さんに向き直った。

「……あなたとあいつらの関係をまだ聞いてないので、後で会って……いや、電話します」
「えっ何で?会おうよ」

だが断る。そう吐き捨てて私は、爆弾が残されているであろう車軸の方向へと走り出した。ここからなら距離的に近い。もはや何の役にも立たない拳銃はその場に置き去りにする。
死ぬなよ、私の背後から男の声が聞こえた。




観覧車のちょうど中心部である車軸付近は、爆弾が残されているためか銃撃の被害は少ない方だった。無差別ではなく考えて攻撃をしているようだ。まだ搭載されて間もないであろう防御兵器システムを使いこなすとは只者ではない。オスプレイは飛行機とヘリコプターの特徴を兼ね備えていることから分かるように、ヘリと固定翼機両方の操縦技術がいる。ちゃんと免許を持っているかどうかはこの際置いておくにしても、元軍人か、軍隊にコネでもあって指導を受けなければとても操縦はできないだろう。そう考えるとあの組織って一体何なんだ。
走りながら見上げた夜空、不穏な羽音が迫ってくる。まずい、砲身がこっちに向いている。女を探しているのか。悠長に眺めていて、発射するのが見えた時点であの世行きだ。私は瞬時に観察をやめ、背中を向けてより奥まったところに入り込む。強い風に煽られてわざとふらついてみれば、案の定機体は一度素通りした。やはり探しているのはあの俊敏な動きをする女幹部……

「!!」

だがほっとしたのも束の間、戻ってきた悪魔はこちらを弄ぶかのように私のすぐ足元に向かって撃ってきた。連射速度が速すぎるため、通常の銃声とは違って一続きの繋がった音に聞こえる。え、そこで撃つの?何その、ついでに撃っとこうみたいな発砲は。迷惑極まりない。誰だか知らないが射手は寿司でも食ってあたってしまえ、などと心の中で毒づく。もはや緊迫の度合いが一般人的には許容範囲を超えており、スイッチが変な方向に入ってしまっているらしい。
弾には当たらずに済んだが、足元を狙われたため狭くなっていた足場は簡単に崩れてしまった。咄嗟に掴んだ手すりだったが、もちろんその手すりも崩れた足場に繋がっている。

「わ……っ!?」

まずい、落ちる。踏み締めるものが消えた浮遊感と、手すり側に体が傾いたことで緩やかに回る視界。すぐ下の階の通路が見える。どうやら一階分の落下で済みそうだ、痛そうだけど。……が、そこで思いがけないものを発見する。外壁の破片と一緒に落ちる私の視界に、驚いたようにこちらを見上げる見覚えのある顔が飛び込んできた。……安室さんだ。

「……っ!」

その間、僅か数秒。ぶつかった反動で、私はぎゅっと目を閉じる。てっきり硬くて冷たい床に投げ出されると思った私の体は、何がどうなったのか、気付けば安室さんの腕の中だった。横向きになりかけていた私に見えたのだから、真下にはいなかったはずだが……一瞬で移動してきたようだ。ぐしゃっという効果音がしそうなくらい思い切り、彼の逞しい胸に顔を埋めてしまった私は、ぶつけた鼻をさすりながら小さく呻く。すると勢いよく両肩を掴まれて、ナナシ、と名前を呼ばれた。驚いて顔を上げると、ものすごく焦った安室さんの顔。

「怪我は!?」
「いえ、大丈夫……です」
「……本当に?」

彼は少しだけ体を離して、さっき会った時のように上から下まで私の姿を確認した。そうか、安室さんの位置からだと私が撃たれたように見えたかもしれない、落ちてきたし。ここにいるということは爆弾を解除していたのは彼だったようだ。やはり車軸に残された爆弾を回収していたようで、辺りにはコードや取り外した爆弾が置かれている。私の肩を掴んだまま、はぁぁ、と深い溜息を吐いてうなだれた安室さんの姿はわりとボロボロだった。再び顔を上げた彼は眉を吊り上げて、私を見下ろしてくる。

「なぜ逃げなかったんですか?何の目的があるのか知りませんが、ここはあなたがいていい場所じゃない」
「逃げ遅れちゃったんです。それ、私も手伝います」

さっき全力で逃げてしまったためかトゲのある物言いだ。彼から離れて、私は工具の散らばる周囲を見回す。安室さんがすうっと息を吸う音が聞こえて何かを言わんとしたのが分かったが、私がさっさと配線をまとめ出したのを見て、結局彼は言いかけた言葉を飲み込んだ。そして私の隣にしゃがみ込んで、回収した爆弾をケースに詰めながら、硬い声で言う。

「言いましたよね?僕の見えないところで危険なことはしないでほしいと」
「……ごめんなさい」

それは覚えている。いや、話せば長いのだ。私だってさすがに真っ向から怪しい奴に突撃するつもりなんてなかった。最初はちょっと、大学で足のつかないPCでも借りて刑事さんのことを調べるためにまずは警視庁のサーバーにお邪魔しようかなぁ、なんて思っていたくらいで。まさか警察と悪の組織とどこからかやってきたFBIがノックリストの奪い合いをしている現場にお邪魔してしまうとは本当に思っていなかったのだ。彼からしたらさぞかし邪魔だろうとは思うのだが、この退路を塞がれた状況ではどこにいたって一般人は邪魔である。
しかし安室さんと顔を合わせるたびに状況がよくない方向に行っているというか、何だか私が追い詰められているような気がするのはどういうことなんだろう。事件とか関係なく私自身が。
周辺の爆弾をあらかた片付けて、ふたりは立ち上がる。あと半分が車軸に設置されたまま残されているが、時間的に回収している暇はない。ケースを背負った安室さんがじっとこちらを見つめてきた。

「ナナシさん、今度こそ僕の言うことを聞いてもらいます。必ず逃げ延びてください……怪我も駄目です」
「う、うーん……それは結構むずかし」
「……約束」

してくれないか。私の言葉を遮って、真剣な顔をした安室さんがそう言うので、私は瞬きをしたあとこくりと頷いた。……頷くしかなかった。よくよく見れば汚れているだけではない、ところどころ怪我をしている、そんな彼の姿は初めて目にする。
眉根を寄せて何やら不満ありげな安室さんの顔に、私は手を伸ばした。




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