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17-13




私が以前この男に感じた違和感。今ならはっきりと理由が分かる。
静かに対峙するふたりの距離は縮まらない。男は特に動揺もない様子で私を見つめ、尋ねてきた。

「君って、本当は何者?」
「私のことは調べたんじゃないですか?」
「そりゃあね。でもいくら調べても普通の女の子なんだよなぁ……君自身は」

それはそうだ。私は書類上どころか実際の生い立ちから私生活すべて、特筆すべきところのない一般人である。何も隠したり記録を改竄したりしていない。最近は事件に巻き込まれ続けているが、それまでは本当に何もなかったのだ。けれどそれを言うならこの男もそう。どこにもおかしな点なんてない、ただの警察官。"有川"という男は、だが。

「あなたは普通の刑事さんじゃないみたいですね」
「分かる?俺は将来出世するよ。付き合う?」

付き合わない。きっぱりそう言うと男は笑った。

「有川憂晴……警視庁捜査一課第3強行犯係。28才、警部補。1年前に起きた港区工場爆破事件の折、爆発に巻き込まれ行方不明……」

僅かな明かりの下、男の表情が変わる。ただ目を細めたのか、笑っているのか。影の濃い能面のようにも見えるその顔。流れるように唇から滑り出る私の言葉を、男は黙って聞いている。

「その後記憶が混濁した状態で発見されるも、数週間後に現場に復帰している。当時の記録は検察庁、警視庁ともに紛失。爆破事件に関わった警官は別の事件で全員殉職……」
「それ……どうやって見つけたの?参ったなぁ」

俺のプロフィールは粉々にしたはずなのに。そう言って、有川という男は大して困ってもない様子で溜息を吐いた。
それは安室さんからのUSBメモリの内容だ。一度は調べて何もなかった有川憂晴のことを、この数日で再度徹底的に調べ上げたのだろう。本当は約束の日に私に伝えるつもりだったのが、ノックリストが組織に奪われるという重大な事件が起きてそれはできなくなってしまった。約束を延ばせば、先に私が刑事さんに接触することを見越してポストに入れたのだ。もちろんその情報で私が刑事さんの正体にたどり着いてしまうとは安室さんも思っていなかったはずで、あくまでも危険な男だから近付かないようにと釘を刺す目的だったのだろう。

「あなたは1年前、何らかの目的で有川という名の刑事に成りすまして警察組織に潜入した。本物の有川さんは……」
「……言っとくけど、成りすますために殺したわけじゃないよ?たまたまだったんだ」

両手を広げて手のひらをこちら側に向け、男はこともなげに言う。男の所属する組織が私の思う通りならば、そのようなことは容易くやるだろう。よく知った、といってもこの男自身を知っているわけではないが……そのような存在が他人の顔で警察の皮をかぶり、接触してきたのだ。これこそが違和感の正体の一部だった。

「ショッピングモールで会った銀髪の男は、私を見ても"お前は誰だ"と言わなかった。……私のことをあなただと誤解していた」
「あいつの顔、怖いよねぇ」
「……つまり、あなたとあの男は知り合いだけど、顔を変えてからは会ってなかった。あなたが潜入するために顔を変えたことは知っていて……だからジャケット、つまり有川さんのプロフィールを処分したか聞いてきた……囚人、なんて皮肉ですね」
「……そうだよ。っていうかあいつのことだから、確かめるためにいきなり襲いかかってきただろ?どうして俺と君を勘違いしたのかな……?」

俺と君の共通点、何かあったっけ?
首を傾げてじっとこちらを見てくる男に、私は無言を返す。訝しく思うのはもっともなことだが、男は単に不思議そうにしているだけで強く問い詰めてくる様子もない。そんなことはあり得ないはずだが、私のことを知っている風な振る舞いをたまにするのは一体どういうわけなのだろう。やはり私の中にいる別の気配を感じ取ってそんなことをするんだろうか。気配を醸し出しているつもりはないけれど、もし、知らず知らずのうちに外に滲み出ているのだとしたら嫌だな……。

「ま、君があいつに殺されなくてよかったよ」
「そこが分からないんですけど……あなたはあの日どこにいたんですか?」

降谷さんを知っている、待ち合わせだと嘘をついて、公園に私を呼び出したのはこの男だ。安室さんのおかげで私は、急遽ショッピングモールに場所を変えてとメールをすることになったわけだが、そのショッピングモールにこの男は来なかった。代わりにいたのは組織の銀髪の男とゾンビ役の警備員、婦女暴行犯。そして銀髪の男もまた、呼び出されてモールにやってきたようだった。
私の問いに、男は今日初めて落胆したような表情を見せる。

「それなんだけど……美人に捕まってたから行けなかった」
「え?」
「君と仲良しのポアロの店員を調べてたら、有名なアメリカの女優を車に乗せてるのを見て……後をつけてたらちょっとやらかしちゃってね……」
「それって……?」
「君はあの店員が何者なのか知ってるの?」

私は黙り込んだ。ポアロの店員を調べていた、ということは安室さんが組織のメンバーだということは知らなかったと見える。安室さんもこの男のことを知らなかったようだけど。アメリカの女優……というのはベルモットのことか。今の口ぶりだと調べてみて初めて安室さんとベルモットが組織のメンバーだと知ったような言い方だ。銀髪の男のことは知っているのに、他の幹部を知らないなんて。それに警察組織に潜り込めるような腕を持った人物を、安室さんや他の幹部が知らないのは妙だと思うが……。疑問符を浮かべる私に、男は少しだけ笑ってこちらに歩いてくる。

「武器や兵器の密輸は、組織の中でも特別な運用なんだよ。俺はあいつの顔しか知らないし、他のメンバーも俺のことを知らない。無理矢理連れてこられただけで正式なメンバーでもないし」
「…………密輸」
「組織で厳重に管理してた積荷のデータを盗られちゃってね。犯人は分かったけど、そいつがどこの手の者かなかなか口を割らなくて、半年くらい前にうっかり殺しちゃって……」
「……八坂……」
「そう、それ。どこかにデータを送った痕跡がないか調べてる途中で君の存在を知って、接触してすぐに倉庫の一件があったってわけ。……あ、言っておくけど、倉庫の誘拐未遂は俺の差し金じゃなくてあの女優だから。なんかあいつと仲悪いみたいでさ」

まったく迷惑な話だよね、と男が頭を左右に振った。倉庫の件は、データを奪われた不始末をどこからか嗅ぎつけたベルモットが、横からちょっかいをかけてきたという話らしい。弱みでも握る目的があったのか、他の幹部が知らない特別な運用を任されている銀髪の男に一泡吹かせてやろうとしていたのかは分からないが。もしくは、もっと上の誰か……組織のボスにでも命令されていたのかもしれない。
そして私と公園で待ち合わせをしていたあの日に、この男は初めてベルモットと接触して……結果、捕まった。

「あれは予想外すぎて本当に参ったよ……すっぽかすつもりはなかったんだよ?」
「いや、すっぽかしてくれて良かったです……私のこと殺すつもりだったんですよね」
「……え?そんなことするわけないだろ……まあ、君と一緒に来る人間はあの公園で殺すつもりだったけど」

一緒に来る人間とは、倉庫で私を助けた人物のことだ。この男は安室さん=組織の男ということは知っていても、その人が倉庫で私を助けた人物であり、かつ降谷さんであることは知らない。ややこしいことこの上ないな。うっかり喋らないように気をつけなければ。ともあれ、公園で大変なことにならなくてまだ良かったのかもしれない……が、疑問点はまだある。

私がそれを口にしようとした時、激しい銃声が響いてきて、男が一気にこちらに距離を詰めてきた。




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