Novel


≫新連載 ≫短編 ≫大人 ≫Top

17-12



突如、視界が暗闇に覆われた。天井の照明はすべて落ち、目の前に見えていた刑事さんの姿も掻き消える。驚いて息を飲んだが、微かにぼんやりとした光が背後から差しているのに気付いて、私はもう一度モニターの方を見た。ピ、ピ、と独特な電子音が繰り返し鳴り始める。無停電電源装置の警告音だ。どうやら停電してしまったようだが、このタイミングでということは外から干渉があったのだろう。かろうじて生き残ったのは監視システムのモニターと緊急時用のゴンドラへの電源供給システムのみ。おそらくコンデンサを用いて電磁パルスを発生させメインの電源供給システムに誤作動を起こさせている。このままだとあと30分もすればモニターも使い物にならなくなるだろう。
暗い部屋に浮かび上がるモニターを凝視して彼女の位置を確認すると、ゴンドラはちょうど観覧車の頂上だった。映し出されている先も停電で暗闇に覆われており、目を凝らせばどうにか見える程度だ。彼女はしばらくじっと座っていたが、やがてゴンドラ上部のハッチから軽々と外へ飛び出して行く。中で倒れているはずの風見刑事に動きは見られない。わざわざ頂上で停電させた理由はその奪還方法にあったのだろう。地上に警察がひしめき合っている中、邪魔をされずに彼女を奪い去るにはそれしかないと考えて。ではなぜ彼女は組織の回収を待たずに去っていった?私の背後で、刑事さんが「あらら……」と声を漏らす。

「どういうこと……?」
「逃げたんじゃない?っていうか……もしかしてこれってさっきの子じゃない?」
「……!?」

刑事さんがモニターに近付いてまじまじと画面を見つめ、そう言った。言われて自分も近付いてみれば、たった今組織の女が抜け出していった扉から、小さな影がゴンドラ内に降り立つのが見える。……コナン君だ。まさか彼女が抜け出したのを見て、風見刑事を起こしに行ったのだろうか?いつの間にあんな高いところまで。そうこうしている間に画面が小刻みに揺れ始める。ゴンドラが振動しているようだ。はっきりとした姿は見えないが、真っ黒な何かが真上にある。なるほど、闇に紛れて誰も知らない場所からやってくる悪魔とは言い得て妙かもしれない。夜空よりも暗いそのシルエットから骨っぽい手のようなものが伸びてきて、鷲掴むようにして鋭い爪がゴンドラに食い込んだ。映像のみでもミシミシと音が聞こえてきそうだ。画面は更に激しく振動する。やがてゴンドラはコナン君と風見刑事を乗せたまま車輪から引き剥がされ、宙に浮かんだ。

「コナン君……!」

まずい、連れていかれてしまう。コナン君は組織と因縁があるようだが、こんなところで連れ去られるとは思ってもみなかっただろう。ここからではただ見ていることしかできない。……だがいつまで経っても機体は離れることなく、その場に留まっている。訝しく注視していると、なんと獲物をしっかりと握り締めていたアームは唐突にその手を緩め、車輪から切り離されて支えをなくしていたゴンドラは真っ逆さまに落下していった。監視カメラはそこで潰されて砂嵐になる。

「!!」

おそらくは目的の人物が乗っていないことに敵が気付いてしまったのだろう。いくら耐久性に優れていたとしても、あの高さから落とされたのでは無事では済まない。私はほとんど反射的に刑事さんの腕を掴んだ。

「ちょっと顔貸してもらえますか?」
「へっ?……いや、俺そういう激しい子はちょっと……」

困った顔をした刑事さんに、私は手にしていたものを突き付ける。暗い空間の中でも何を向けられたのか分かったのだろう……刑事さんが肩を竦めた。ナナシさん!?と声を上げた類さんは、自分の銃をいつの間にか私が握っていることに気付いたようだ。

「類さん、ひとりで退避できますか?この男は後で絶対類さんのところに連れて行きます」

私は今すぐにコナン君を助けに行きたい。けれどここに刑事さんと類さんをふたりだけで残して行くわけにはいかない。これが最良だろう。そして使えるものは使わなければ。
類さんがこくりと頷いたのを確認して、全員でコントロールルームから出る。目指すはゴンドラが落下したと思われる地点だ。ひとまず真っ暗になった2階から一般のゴンドラ乗り場のある3階に上がって、類さんを誘導してドアの前で別れる。そのまま階段を上がって観覧車基部の通路に出ると、そこにもやはり同じような闇が広がっていた。外と繋がっているので若干の開放感はある。日が完全に落ちて、さっきよりも寒い。見上げれば静止した無数のゴンドラとそれらを囲むような車輪の影がぼんやりと見えた。廃墟に置き捨てられた巨大なオブジェみたいだ。どこからかヘリのローター音が響いてきて、生きている者を探すかのように上空を旋回している。この観覧車のどこかに安室さんも赤井さんもいるのだろうが、気配は感じられない。私は再度、刑事さんに銃を向けた。

「先に行ってください。ついでに爆弾の位置を全部教えてください。それからあのシーナイトっぽいやつ、あなたなら撃ち落とせますか?」
「いやいやいや、ただのお巡りさんに多くを求めすぎでしょ……」

おとなしく先を行く刑事さんに続いて私も歩みを進める。真っ暗だが男の足取りは迷いがない。夜の闇に慣れている証拠だ。ただのおまわりさんだと、そう言う男。黒い服を身に纏って、ほぼ夜と同化しているその背にむけて、私はゆっくりと言葉を紡いだ。

「……規模はCIAの僅か十分の一。その代わり世界で最も個々の構成員が力を持ち、最も対テロに長けた諜報機関」

ぴたりと、男の足が止まる。

「そして……国家の安寧のために動きながらも、法的にはその組織はこの世に存在しない……」

ふいに、隙間から見える空から人工的な明かりが差し込んできた。照明に比べると心許ないが、これならば落ちたゴンドラを探しやすい。
私の言葉に、男が体ごとこちらに向き直る。その顔はいつも通りだった。何かが噛み合わない、間違っている、男に対してそんな違和感を持ったこともあったが。目の前のその顔をじっと見つめる。

存在しないということ。
諜報に身を置く者なら誰しも、様々な解釈でその意味を考えるだろう。
その組織の得意分野は潜入捜査における偽造行為、暗殺、妨害工作……活動はそれ以外にも多岐にわたる。決め手となったのは安室さんから受け取った事件のファイルだが……おそらくそれがなくても私は、いずれこの男の正体に気付いてしまっただろう。

何故ならその組織は、私の中にいるもうひとりの男の。





Modoru Main Susumu