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17-11



「あー、やっぱりそういうことか……」

ドアを開けるなりそう声を発した人物に、私と類さんは勢いよく振り向いて思わず身構えた。バトルの行方は気になったがそれどころではない。私達の目の前に何を考えているのか分からない顔で佇むのは、今日一日ずっと探していた男。有川憂晴、警視庁捜査一課第3強行犯係。相変わらず黒い服を着て、締まりのない感じのその男は、入口からこちらへゆっくりと歩いてきた。類さんを背に隠すようにして、私は一歩前に出る。……そうだ、この男が組織に関係する人間なら、安室さんが映っているモニターを見られたらまずいかもしれない。だが、私が類さんを気にする素振りをして画面をちらりと見た時には、ふたりの姿はもうどこにもなかった。あれ?いなくなってる……。
ひとまず、今はこいつだ。

「……何か用ですか?」
「何って、通報しただろ?」
「白々しい。あなたが爆弾を仕掛けたんでしょう?」
「バレてた?あーあ、せっかく苦労して仕掛けたのに……普通持ち歩いてる?それ」

彼はそう言って携帯ジャマーを指差す。爆弾に仕掛けた携帯に電話が通じないから様子を見にきたというところか。 ま、いいや。と軽い調子で呟く男に不穏なものしか感じない。軽装で、見たところ持っていたとしても銃を一丁くらいなものだろうが、武器や爆弾の類は多数どこかに隠し持っているに違いない。
この男に聞かなければならないことはたくさんある。まずは類さんの恋人のこと。降谷さんを知っていると私に嘘をつき、公園に呼び出した一件。その後モールに場所を変えたが来なかったことと、銀髪の男のこと。そして今日のこの騒ぎだ。私が知る男の行動を総合しても、意味が分からないというのが正直なところ。組織のために動いているようではあるが、爆弾を無効化されて怒らないどころかどうでもいいといった態度なのだ。ますます不気味さがつのる。……そして、安室さんからのUSBの情報で、前々から胸の奥に引っかかっていたものの正体が分かった。私の予想が正しければ、この男は。

「あなたの目的は一体何なんですか?」
「知ってたからここに来たんじゃないの?爆弾の設置だよ。急に頼まれて……材料もないっていうのに、人使い荒いよね……」
「頼まれたって、誰に?……あなたは組織の人間なの?」
「そうとも言えるけど、今は日本の警察だから違うかな。……知ってるんだ?あの組織のこと」

それにしても、と、男は私の背後にいる類さんを見て続ける。

「まさか君が動いてくるとはねぇ……甘く見てたなぁ」

普通の女の子だと思ったのに。そう言って首を傾げる男は世間話でもしている風である。私の後ろで類さんが息を飲んだのが分かった。作戦をただの一般人に邪魔されたというのに、やはりいつもの飄々とした具合で、緊張しているのはこちらだけ。携帯ジャマーを壊そうとする素振りもない。このまま問いかけ続けていれば全部吐いてくれそうな雰囲気だが……。

「…………あれ?子供がいる」

刑事さんがふいにモニターを見てそんなことを言った。一瞬訝しく思ったものの、子供というのが気になって振り向いて画面を確認する。ゴンドラには家族連れも乗っているだろうからそこに映っているのは不思議ではない。わざわざ言ったということは、ゴンドラ内部ではない場所にいるということだ。

「え……コナン君!?」

薄暗い観覧車基部の通路を走っているのは確かに子供だった。しかもそれは見覚えのある姿。場所は車軸の近くで、後ろ姿しか見えないが指差して誰かに何かを言っている風である。指し示す先に何があるのか詳しく見たいところだが、刑事さんの前でカメラを動かさない方がいいだろう。コナン君が話しているのは赤井さんか安室さんかもしれない。下手をすれば映ってしまう。しかし、こんなところでコナン君は何を……?そう言えばコナン君の友達がノースホイール側の観覧車に乗っていたっけ。コナン君が画面の中で駆け寄った先に、消火栓ボックスが端っこだけ映っている。誰かがボックスの扉を開けて何かしているようだ。モニターのその様子を眺めて、刑事さんが溜息を吐いた。

「あっちも見つかっちゃったか……君達を閉じ込めてる間に全速力で頑張ったのに……」
「……そう言いながら、行かないんですか?」
「どうせもうすぐ始まるから、今からどうにかしようとしても無理だよ」

このコントロールルーム以外に車軸近くにも爆弾を仕掛けていたらしい。もちろんカメラの死角だ。このモニターからでは爆弾らしきものは確認できない。ということは、この部屋の爆弾のコードが繋がっているのはそこか。車軸の爆弾に気付いたコナン君が赤井さんか安室さんに助けを求めて、今はそのどちらかが爆弾の起爆装置を解体中ということだろう。

「始まるって……あの女の人が関係あるんですか?」
「俺は今初めて見たけど、組織の幹部らしいね」

手錠で繋がれている女性は、風見刑事に銃を向けられている。あまり穏やかな雰囲気ではない。刑事さんが簡単に語ったところによれば、彼女は警察庁からノックリストを盗み出した直後、事故で記憶喪失になった。発見された日に観覧車で発作を起こしたことで、今日またこうして観覧車に乗せられているらしい。なるほど、記憶復帰のトリガーがこの場所にあると警察は考えたわけだ。風見さんが動いているということは安室さんの命令なんだろう。そして組織は、幹部の女を取り戻すためにこれから攻めてくる、と。警察が彼女をここに連れてくることを読んでいた組織は、この男……有川に観覧車の仕掛けを命じた。その電話を類さんは聞いてしまい、私に接触してきたのだ。……少しすっきりした。しかしトリガーになるということは、事故の際に観覧車でも見ていたのだろうか。

「仕掛けた爆弾はいくつ?」
「うーん……総量で30キロくらいかな?作戦が失敗したらいつ爆発するか分からないから、君達も早く避難した方がいいよ」
「それって……観覧車が崩壊するんじゃ……?」
「だろうね」

どうせろくでもないことを企てているんだろうと思っていたが……やっぱりだった。観覧車にはまだたくさんの人が乗っている。とんでもないことだ。久方ぶりに心の底からザッと冷えるような感覚に陥る。私は組織をよく知らないが、嫌悪すべきやり口だ。
やがて風見刑事と女性を乗せたゴンドラは頂上付近へと差し掛かる。先程から水と光のスペシャルショーと銘打って花火が打ち上げられ、色とりどりのスポットライトがゴンドラを照らしているが、頂上からだと真正面に5色のカラーが見えた。

「…………!」

突然、彼女は片手で頭を押さえて苦しみ出す。モニター越しでも分かる、尋常ではない苦しみ方だ。慌てた風見刑事が宥めようとするが彼女の発作らしきものはおさまらない。そうして風見刑事がスマホを取り出したその時、彼女は繋がれた手を支点にして大きく両足を振り上げ、アクロバティックに足技を掛けて大の男を完璧に打ち倒した。あのライトがトリガーだったということだ。

そろそろかな、そう呟いた刑事さんに向き直って、私は唇を引き結んだ。



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