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17-10




コントロールルームに戻った私と類さんは早速携帯ジャマーを設置した。これであの爆弾が爆発することはないはずだ。同時にふたりの携帯も圏外になる。類さんの話では、通報はしたものの水族館には既に警察が集結しているらしい。 爆弾が仕掛けられているというのに一向に乗り込んでくる気配がないのは、この場所で全く別の作戦が動いているのが原因のようだ。安室さんに聞けば事情が分かったのかもしれないけど、冷静な会話ができそうにもなかったし、仕方がない。
私達が現在取れる選択肢はふたつ。ここを封鎖し、何かが起こるであろう観覧車から退避するか、刑事さんを探しに行くか。まさかここまでそうそうたる面子が集まってくるとは思わなかったので、私としては逃げ帰りたいが……これを逃すと類さんの恋人、いや、婚約者の情報は刑事さんと共に雲隠れである。

「あれ……片側の観覧車、どうしたんでしょう?」

類さんの声にモニターを見てみれば、たくさんある画面のうち半分のゴンドラが無人になっていた。全部ノースホイール側だ。私達が部屋を出る直前には人がいたはずだが……内部の映像に切り替えたりもしていたからずっと見ていたわけではないけど。警察が動いていることと関係あるのだろうか。爆弾の情報を類さんからの通報で知ったとしても、片側だけ退避させるのは変な話だ。とにかく、これからどうするかだが……。なんとなく爆弾を見上げながら悩む私の腕を、今度は細い指が慌てたようにつつく。ん、と再び彼女の方に視線を向けると、無数のモニターを見ていた類さんが黙ってそのうちのひとつを指差した。

「どうしたんですか?」
「ナナシさん……これ、安室さんじゃないですか?」
「え?」

安室さん、私に逃げられた後で観覧車にでも乗ったのだろうか?そういえばあそこで私を追おうと思えばできたはずなのに、追ってこなかった。……と一瞬思ったのだが、よく見てみると映り方がおかしい。カメラが向いているのはゴンドラの中のはずなのに、安室さんらしき人影は、その斜め上辺りにちらりと映ったのだ。内部は無人である。斜め上って……ゴンドラの外では?しかもこのゴンドラはもう頂上付近まで到達している。辺りは既に暗いが、観覧車がライトアップされているためぼやりと浮かび上がるような男の体の輪郭が確認できた。これが知らない男とかだったら悲鳴くらいはあげていたかもしれない。予想外のホラー展開に私と類さんは唖然とするしかなかった。だって理由が分からないではないか。

「え……え?何で?あ……見えなくなった」
「ちょっと待ってください、このカメラ動かせるみたいなので……えーっと、方向指定は」

類さんがパネルを操作すると、数台のモニターの視点がぐるりと回って一気に切り替わった。複数のゴンドラのカメラの向きを上向きに変更したらしい。これによってコントロールルームのモニターでは角度違いの頂上部の映像を複数見ることができる。と、外周リングのリムと夜空だけを捕らえていた一台の画面を、ぶわりと翻り飛んで行く青い服のようなものが横切る。風に煽られたそれはすぐに夜の闇に吸い込まれ消えた。別のモニターを見れば安室さんが上着を脱いだようだ。身軽そうな白いシャツになって、見据える先は。

「安室さんと……もうひとりいますね……」
「…………」

私はもう黙るしかなかった。それは、さっきは観覧車内部の監視カメラに映っていた赤井さんの姿。そう言えば時間がないって言ってたけど……。ひとりはサウスホイール側、もうひとりはノースホイール側に立っている。ただならぬ雰囲気だ。さっき殺したいなどという話を聞いてしまったがために変なドキドキが止まらない。ゆっくりとそれぞれが逆方向に回転する大車輪は、噛み合わずに完全に重なり合ってしまった歯車のごとく、冷たい夜闇を巻き込んでふたりの距離を縮めて行く。声は聞こえないが、何か会話をしているようだ。

……力ずくで、奪うまで。

ボクシングの構えをとって、不敵な唇が動く。そのすぐ後に安室さんが赤井さん側の車輪に飛んで移動したため、それ以上は唇を読むことができなかった。金色の髪を逆立たせ、かなり不安定な足場を物ともせずに大振りな拳が空を切る。対する赤井さんは左足と左手を前に出し、前手の指先を伸ばすジークンドーの構えだ。赤井さんが戦うのを見るのは2度目になるが、あの時の動きとは全然違う。これが彼の本来の戦闘スタイルということなのだろう。ジークンドーは多種多様な格闘技の実践的な部分を取り入れた武道だが、赤井さんのイメージではなかったので意外な感じがする。相手の攻撃を受け流しつつ前後に刻む幅の狭いステップは、大柄な体躯ながらしなやかで男のフットワークの軽さを物語っていた。
モールの時は平然と何人も倒していた安室さんは、たったひとりを相手に余裕がないように見える。単に攻撃的なボクシングと、相手の技を捌き攻撃の隙を窺うジークンドーを外から見た印象の差かもしれないが。私は格闘技マニアではないのでそうは思わないけど、見る人が見たら大興奮の試合なんだろう。
このふたり、何か奪い合いをしているらしいが……いつの間にかノースホイール側に乗ってきた人物と関係があるのだろうか。最初に乗ってきたのは、ポアロでたまに見かける子供達だ。その後しばらくして、別のゴンドラに風見刑事と綺麗な女性が乗り込んできた。現在、ノースホイール側で使用されているのはその2つのゴンドラのみ。女性は手錠で繋がれているし、後から乗ってきたほうが関係ありそうだな。ということは、おとなしそうに見える彼女は組織の人間ということか。……まあ、FBIと公安が観覧車の頂上で繰り広げるバトルのインパクトが強すぎて、今は何の情報も頭に入ってきそうにないんだけど。サウスホイールに乗っている客もまさか自分達の上がそんなことになっているなんて思いもよらないようで、気付く様子もない。

「…………」
「…………」

もう見守ることしかできなくなったというか、見ちゃいけないものを見ている感すらある。そうやってモニター前で思わず動けなくなっていると、唐突に、私達の背後のドアが開いた。





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