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17-7



ちょっと待って、どうして赤井さんがここに?……いや、FBIは組織を追っているのだし、刑事さんの電話の相手はやはり組織の人間で間違いなかったということか。裏切り者とは組織に潜り込んでいる安室さんのことか、はたまた別の誰かなのか……まさかモールの一件でバレてしまった、なんてことだったら責任を感じてしまう。とにかく今はこの部屋から出なければ。ロックシステムの脆弱性を突いて一部のプログラムを書き換える方法もあるがここは大元に総当たりで行こう。ソフトをインストールする間に鞄からスマホを取り出し、電話帳をタップする。あ行を選んでずっと下へスクロールすると、その番号に初めてコールした。ほぼ同時に、目の前のモニターに映し出された男の動きがぴたりと止まる。男は上着のポケットから端末を取り出し、画面を見つめてからそれを操作して耳に押し当てた。

『……どうした?君から電話とは珍しいな』
「赤井さん!今観覧車にいますか?」
『……なぜそれを知っている?』

モニターの男が唇を動かすのに合わせて、スマホ越しに低くてよく通る声が聞こえる。ちらりと周囲を気にする素振りを見せた赤井さんは、すぐに監視カメラの存在に気付いたらしく視線がばっちりと合った。もちろん相手から私は見えていない。

「ちょっとトラブルに巻き込まれて……私も観覧車にいるんです。赤井さん、携帯ジャマー持ってないですか?」
『……ん?あるにはあるが、何に使うつもりだ』

携帯ジャマーとは通信機能抑止装置のことである。主な用途は携帯電話の通信妨害。最寄りの基地局に成りすまして偽物の基地局電波を送り、強制的に圏外にしてしまう。大きな劇場等では公演中に客の携帯が鳴らないように普通に使われているもので、盗撮・盗聴も無力化するなかなかの優れものだ。一般的でない使用法としては、建物の周辺で使用し、電波がよくないと勘違いした人間を外におびきだす作戦などにも使える。ただし基本的に法に触れるのでお巡りさんの前では使っちゃいけない。もちろん、今回は爆弾にくっ付いた携帯電話が着信によって通電しないように電波を妨害するのが目的だ。片手で持てる大きさのそれはテロ対策で持つことも多い。なので聞いてみたのだが、赤井さんがFBIでよかった。

「実はコントロールエリアに爆弾を発見して……届かない位置にあるんです」
『だから電波抑止装置か……君は今どこにいるんだ?』
「2階にあるコントロールルームです。閉じ込められてて、あと少しで脱出できそうなんですけど……」

赤井さんと会話しつつ、コマンドアタックで要求されるパスワードを数万通り生成する。真っ黒な画面に流れるように現れる膨大な白い文字列が、そう明るくもない部屋の中で私をぼんやりと照らしていた。

『助けに行きたいところだが時間がなくてな。大丈夫か』
「まだ爆発する気配はありませんし大丈夫です。後で取りに行くので、その辺に置いていただけませんか?」
『分かった。人が来るかもしれないから少し分かりにくいところに置くぞ』

無茶はするなよ。そう言い残し、赤井さんは電話を切るとモニターからも姿を消した。人が来るかもしれないって、組織の人間だろうか。ちらりと見えた赤井さんの背中にはガンケースのような長細い荷物が背負われていた。そういえばFBIが活動しているところを見るのは初めてだ。ここは日本なのだから当たり前だけど。だとしたら騒がしくなるのかもしれない。この爆弾が繋がっている先も気になるし、早く行かなければ。
作ったリストを与えてスキャンを実行し、高速で行うブルートフォースアタックは、30秒程度でパスワードをクラックする。成功だ。準備が出来たらあとは電子の海に深く潜って、そのドアを見つけるだけ。実体のない膨大なデータが私の両眼から入り込み、すぐに体を通り抜けて行く。元より複雑なシステムではない。溺れる間もなく、その扉に手が届いた。カチリ、背後で開錠の音が鳴る。

「類さん、そっちは?」
「はい、警察に通報しました。あとは何をすればいいですか?」
「ここは危ないのでとりあえず退避して……私が戻るまで、このフロアに人が入らないように階段で見張っていてください」
「分かりました。ナナシさん、気をつけて」

私達は頷き合って、コントロールルームを後にした。


階段を上がり、ゴンドラ乗り場のフロアを通り過ぎて4階に到着する。これより上はちゃんとした建物になっておらず、屋根らしい屋根もない。点検用の梯子や通路があちこちにある。さっき赤井さんが映っていたモニターのカメラは確かこの辺りのはずなのだが……歩きながら急に寒くなったなと思って上を見れば、すっかり暗くなった空が見えた。遥か頭上でゆっくりと回る車輪とゴンドラが視界を遮っていく。

「……あ!」

歩いていると、少し離れた位置にある通路の先に、黒いものを見つけた。壁に固定されているパイプにくっつけるようにして置かれているそれ。影になっているので確かに分かりにくい。しかし困った、高い位置にあるせいで梯子を登らなければならないようだ。登ったとしても私の身長だと少し足りないかもしれない。ワンピースで、そこまで動きにくくはないけど飛んだり跳ねたりには向かないし。赤井さん、背が高いから……普通サイズの人の気持ちになって行動してほしいものである。
さてどうするか、と思ったところで、私が来た3階に通じる階段から誰かが上がってきたのが見えた。照明がそう明るくはないのと距離もあるため、目を凝らして見つめる。青い作業着と帽子。背中には東都水族館のマスコットであるイルカの絵が描かれているようだ。点検スタッフだろうか。こんなところに妙な女がいては怪しまれるだろうがもう時間がない。

「すみませーん!ちょっとこの上に行きたいんですけど届かなくて……抱き上げてもらえます!?」
「……!?」

私はその人物に向かって声を張り上げた。




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