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17-6




「残すはここだけですね……」

高さ100メートル。推定総重量3,000トン以上を支える大観覧車の基部は、それだけで4階程度の高さがある。人で賑わう3階のゴンドラ乗り場。私達はその裏手にあるドアから内部への侵入を果たしていた。もうじき暗くなってくるので、これからの時間は観覧車に客が集中するだろう。
案外、気付かれないものなんですね。感心したように呟く類さんの手を引いて、据え付けられた狭い階段を下りた。こういうのは堂々としたもの勝ちなのだ。下のエリアは一般客が立ち入れない場所だからなのか、照明は暗く、足場もよくない。ヒールの彼女は歩きにくそうだ。

「類さん、確認ですけど……」
「見つけても早まった真似はしない、ですよね?大丈夫、騙されてたのは悔しいですけど、私だってあの人のことを聞くまでは諦められませんから」
「……その彼のこと、本当に好きだったんですね」
「…………意地になってるのかもしれません。彼はすごく忙しい人だったけど、私の前ではそういうの見せないようにしてたから……自殺したって聞いて本当に後悔して。……私のせいじゃないって思いたいのかも」
「…………」

通電中と表示されている通路を通って、結露の滑り止めででこぼことした床を踏みしめ、やがて奥まったところにあるコントロールルームへとたどり着いた。壁には20個程度のモニターと2つのタッチ式操作盤、その下のスペースにパソコン等が置かれている。
メインと思われるセンターのパネルには観覧車のグラフィックが投影されており、ここで輪の回転する速度やゴンドラ内の温度調節を行なっているようだ。輪の部分は一般にホイールと呼ばれるが、自転車のホイールのように中心部分の車軸を回して動かしているわけではない。その巨大な重量物を回転させるために、ホイールに取り付けたガイドレールを3階のゴンドラ乗り場近くの十数個のタイヤローラーではさみ、そのタイヤをモーターで回転させて動かしている。
世界初と謳っているようにこの観覧車は珍しい構造で、ホイールの外周にあるリング状の部分……リムの内側に客が乗るゴンドラが取り付けられている形だ。回転してもゴンドラ内部が水平になっているのは、ベアリングのついた輪をゴンドラにはめているためである。ゴンドラの中にはセンサーがあり、床の下に格納されたモーターで観覧車の回転に同調するようにスムーズに回転させることによって、安定した水平を保っているらしい。

「すごい、ハイテクですね」
「病人が出たりした時のために、回転の向きも変えられるみたいです」

二連ともなればゴンドラの数も普通の観覧車の倍だ。ずらりと並んだ壁モニターにはゴンドラ内部が順番に映し出されている。通常はこの部屋に人がいてモニターを監視しており、異常を発見したとしても監視員が全員出払うことはないはずだが……どこへ行ってしまったのだろう。
手を伸ばして目の前にある操作パネルに触れると、画面はゴンドラ内部ではない、むき出しの鉄筋のようなものに切り替わった。中央のグラフィックと照合すると、今見えているのは基部の上のほうとどこかの通路、車軸近くの階段のようだ。

「うーん、今のところ変な人や物は見当たりませんね……ここの監視員がどこに行っちゃったのか謎ですけど」
「もしかして、東都水族館っていうのは私の聞き間違いだったんでしょうか……」

そうやって揃って首を傾げていた時だった。カチリ。背後で怪しげな音がして、私はハッとして背後を振り返る。が、既に遅い。

「しまった……!」
「え?どうしたんですか?」

不思議そうな類さんの横をすり抜けて、コントロールルームの分厚いドアに内側からぴたりと張り付く。ドアノブを掴んで回そうとしても回らない。鍵を掛けられてしまった。外から操作して電子ロックを掛けたのだろう。

「や、やられた……」
「ナナシさん、あれ何でしょう?急に光り出しましたけど……」

思わずドアに額を押し付けて反省している私に向かって、類さんが不穏なことを言ってきた。え、と嫌な予感を胸に彼女の指し示す方を見ると、天井付近の壁に黒い物体がくっ付いているのに気付く。表面に豆電球のような小さなランプがあり、緑の光を発するそれ。間違いなくさっきまでは天井の汚れの一部と化していたものだ。私は真下まで移動してそれを見上げた。……IEDだ。よく市街地のゲリラ戦で用いられる。正規のものではない、入手した適当な爆発物と起爆装置から作った即席爆発装置。取り付けた携帯電話に電話を掛け、通電させて起爆などということをやったりする。見たところこの部屋を丸ごと爆破できる威力はないが、装置からはコードのようなものが伸びて穴の空いた壁の中へと繋がっている。どこかと連動しているようだ。高い場所にあるので近くで観察することはできないし、もちろん取り外しも不可能。都合よく部屋の中に梯子はない。

「とにかく、ここを出ましょう。類さん、ノートPCを貸していただけますか?あと、警察に電話をお願いします」
「は、はい……」

いつあれが爆発するとも知れない。解除の手段がない以上、さっさとここを出るに限る。借りたPCを操作盤の近くに置いて起動させる。と、類さんが電話を掛ける前に、観覧車内部のモニターを見て何かに気付いたように声を上げた。

「あ……人がいました!」
「……どこに?」

PCから顔を上げた私は、目に入った人物に驚いて思わず間抜けに口を開けてしまう。

「え…………これって、赤井さん?」

黒いニット帽に黒い服、人相が良いとは言えない顔。
まったく予想もしていなかった男がそこに映し出されていた。




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