Novel


≫新連載 ≫短編 ≫大人 ≫Top

17-4



「安室さんはとても優しい方でしたけど……結局あなたのことを聞こうとしてもうまく行かなくて」
「それは……そうでしょうね」

深刻な表情をほんの少しだけ和らげてそう言う彼女に、私は頷いた。聞けば何度か一緒に出かけたり、ポアロに寄ってから送ってもらったりしていたのだという。喫茶店のアルバイト店員の正体が公安警察のトップだとは、探れと命令した方も思いもよらなかっただろう。相手が悪すぎた。

「でも、類さんは真相を知りたいから言うことを聞いていたんですよね?私にその話をしてよかったんですか?」
「……確かに、最初は言われるがままにしていました。けど自分なりに調べてみて、おかしいなって思う部分がいくつかあって……今日、ここにナナシさんを連れてきたのは私の独断です」
「……そうなんですか?」
「はい……」

今の話から、てっきりその人物に言われてここに私を連れてきたと思ったのだが……どうやら完全な上下関係というわけでもないらしい。少しずつ話は見えてきたが、何故このタイミングで水族館なのかは考えても分かりそうにない。類さんは続ける。

「警察の方だったので、私もはじめは信用してしまったんですけど……」
「…………それって、もしかして有川っていう刑事?」
「そうです……」

彼女はこくりと頷いて私の顔を窺った。警察の人だから信用してしまった……というのは、私にとっても耳が痛い。だからこそ今、すぐに刑事さんの顔が思い浮かんだわけだけど。まあ私を探ろうとする警察に関係ありそうな人物なんて、今となっては刑事さんしか思い当たらない。商店街で会った時に類さんの様子が妙だったのは、私の隣にいた刑事さんに反応したからだったのか。刑事さんは私に接触して、類さんは安室さんに接触する。……ただ単に私を探るだけならば女を安室さんとくっ付かせる必要もないと思うが、よっぽど安室さんが邪魔だったんだろうか。ひょっとしたら刑事さんは刑事さんで私とそういう仲になろうと目論んでいたのかもしれない。勿論目的は八坂の件を探るためだと思うが……まだいくつか不思議な点があるな。

「私がこの写真の人を知ってるって、どうして思ったんですか?」
「……有川さんがつい先日そう言っていたんです。安室さんからは情報を聞き出せないし、もうこんなことはやめたいと私が言った時でした……実はナナシさんは事件に関わってる、でもまだ証拠がないから極力接触するなって」
「それでも類さんは、こうして私を銃で脅してまでここに連れてきた……何故?」
「は、はい……昨日、彼が電話しているのを聞いてしまって……裏切り者を消すとかって」
「裏切り者?」
「彼はずっとナナシさんのことばかりを調べていたし、もしかしてナナシさんに関係があるんじゃないかと思って……」

誰もいない店内で、無意識なのか彼女は声を潜めた。報告のために落ち合った時、席を外した刑事さんが誰かと電話をしていたのだという。内容は裏切り者の始末について。少しずつおかしいと思い始めていた類さんは、それを聞いて刑事さんへの疑いを深めた。もしかしたら刑事だと偽って自分を騙し、悪いことをしようとしているのかもしれない。だが、その電話だけでは何の証拠にもならないし、何より彼のやることに加担してしまっている。唯一できることといえば、もしかしたら「裏切り者」と関係があるかもしれない私に、彼よりも先に接触することだけ。電話相手の声が聞こえないため全てを把握することはできなかったが、今日刑事さんが水族館に行くというのも電話で話していた、と。
なるほど。言うことを聞けば真相を話すと言いながら、なかなか話してもらえない。更には写真の男の自殺について知っているらしい私がどうにかなるかもしれない。そう思って慌てて先回りしたというわけか。彼女は今日ここで刑事さんに会い、真実を問うつもりなのだ。
それにしても、裏切り者か……頭にチラつくのは安室さんの顔。刑事さんが電話をしていたのが誰なのか正確には分からないが、モールでの一件の直後ということもあるし、組織の人間だったかもしれないな。何にせよ今日、水族館で何かが起こる。
私は腕を組んで眉間に皺を寄せた。わざわざ水族館で事を起こす理由って何だ?

「うーん……」
「彼はこれが終わったら潜るとも言っていました。だから今日を逃したら駄目だと思って……巻き込んでしまってごめんなさい」
「いえ、私も刑事さんに用があったので、会えるならそれはそれで好都合です」
「……ナナシさん、やっぱり普通じゃないです。無理矢理連れてきたのに怒らないんですか?」
「怒ってますよ!あの刑事には私も色々と騙されたんです。会ったら殴ってやりましょう」

そういうことじゃない、類さんはそういう顔をしていたが、最終的には少し笑ってくれたので良しとしよう。刑事さんの電話番号は知っている。私が類さんとここにいるとは思っていないだろうから、電話してみるのもありだな。鞄に手を入れて、スマホを掴んで取り出す。するとUSBまで一緒に掴んでしまって、指から抜け出た黒いそれがカツンとテーブルに落ちた。

「……そういえばこれ……」
「どうしたんですか?」
「ちょっと中身を確認したかったんですけど……」
「それなら私、ノートPC持ってますよ。使いますか?」

類さんは鞄からノートPCを取り出して起動し、私に渡してくれた。思わぬところで中身を見ることになったが、確認するなら早い方がいいだろうから良かった。安室さんがなぜ急にこれだけをポストに置いていったのか分からないけど、渡す暇もないくらい余裕がない中で残して行った物だ。
お借りしたPCにUSBを差し込んで中を見てみると、PDFファイルがひとつ。
Monsieur Poirot's File……そのファイルに入っていたのは、ある事件の記録だった。




Modoru Main Susumu