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17-2




もうじきポアロに到着しようかという時、お店のドアの前に紙袋を持った女の人が立っていることに気付いた。こんな朝に、中に入らずに何をしているのだろう。それは見覚えのある顔。足を止めることなく近付いていくと、向こうも私に気付いたらしくじっと見つめてくる。格好は前に見た時と同じような感じで、ブルーのシャツと黒のパンツスタイル、ヒールの靴だ。あの時は仕事ができそうな人という印象を持ったけれど、今日はその知的な顔に、何やら思い詰めたような表情が浮かんでいる。おはようございます、と声を掛けると、彼女も同じように返してぺこりと頭を下げた。

「星村さんでしたよね?お店、入らないんですか?」
「……ミョウジさんに用があって、待っていました」

5日前、ショッピングモールでの組織のお兄さんとの会話が思い起こされる。あの女、誰?と聞いても答えてもらえなかった、例の彼女だ。
私がこの人と初めて会ったのはポアロの店内で、ホテル事件があった直後。安室さんとどういう関係かと唐突に聞いてきて、さらには自分は安室さんと付き合っていると、そう言っていた。しかし安室さんの話では、安室さんが彼女と会ったのはその前日が初めてだったらしい。なぜそんな嘘を私についたのかは分からない。それ以外では商店街で出くわしたくらいで、私には今日まで接触もなかった。

「もしかしてずっと私を待ってたんですか?」
「いえ……女性の店員さんにあなたが来られる大体の時間を聞きました」

帽子をかぶった中年の男性がお店に近付いてきて、私達はドアの前から少しずれて横に並ぶ。ガラスから見える店内では梓さんがひとりで接客を行なっているようだった。安室さんの姿はやはりない。この時間はモーニングを食べる客が増えてくるので、ひとりでは大変そうだ。
中に入らないのかな、と思ったのだが、どうもそういう雰囲気ではない。立ち話は続く。

「それで、私に用というのは?」
「……一緒に来ていただけませんか?」
「え?今から……ですか?」

用事を尋ねた私は更に首を傾げることになった。相変わらず真剣な顔をした彼女は、これから一緒におしゃべりでも、という雰囲気ではもちろんない。組織のお兄さんはこの人のことを教えてくれなかった。何者で何が目的なのか見当もつかない。せめて敵だよ、とか教えてくれたら良かったのに。安室さんと初めて会った時に私のことを聞いていたようだが、どの程度本気でこちらの情報を得ようとしていたのか分からないし。
私は彼女から視線を外して自分の鞄を見つめた。中には先ほど自宅ポストで見つけた黒いUSBが入っている。中身を確認しないといけないのと、今日は少し調べ物をしようと思っていた。何より、朝ごはんがまだである。

「ごめんなさい、今日はちょっと忙しくて……せめて私が行かなきゃいけない理由を教えていただけませんか?」
「お願いします……どうか」

私の問いに答えることなく、星村さんは持っていた紙袋から黒いものを取り出した。白くて長い指が握るのは、不釣り合いなごつい代物。ニューナンブ。日本の警察が使用していることで有名な回転式拳銃だ。銃の扱いはあまり慣れていないのか触れ方がぎこちない。正直、どう見ても素人のそれだ。ここで彼女をかわすことは容易いが、銃まで持ち出したとなると私をどこかに連れて行かなければならない重大な理由があるのだろう。調べ物は後回しにするか……少し考えてから、私は頷いてみせる。

「……分かりました……でも、どこへ?」
「……東都水族館です」
「昨日リニューアルオープンした、あの水族館?」

全面リニューアルのため去年から休業していた東都水族館は、昨日がオープンの日だったはずだ。敷地内にある世界初の二輪式大観覧車についてニュースで取り上げられていたのを何度か目にした。そう言えば、その水族館の近くで事故があったと今朝のニュースで言っていたっけ。確か2日前だったか。けど、なぜ水族館に女ふたりで行く必要が?思わずぽかんとする私に、星村さんは「聞きたいことがあるんです」と目を伏せて言った。

「えっと……わざわざ水族館で?」
「……とにかく移動しましょう。車で来ているので……こちらへ」

私が逃げ出さないのを見て、銃を袋にしまった彼女は先に歩き出してしまう。おとなしくその後に続いて、私は頭を悩ませた。うーん、一体何なんだろう、この人。簡単に逃げ出せるどころか、逆に脅したらすぐに口を割りそうだ。やらないけど。
停めてあったライトブルーの車の助手席に乗り込むと、微かに女性らしい甘い香りがする。車内は綺麗だが私物が置かれており、内装を見るにレンタカーではなく自家用車のようだ。ゆっくり発進した車が狭い路地から大通りへと合流する。たぶん、この人は本当に普通の仕事をしている一般人。誰かに使われているのか。その割には自分の意思で動いているような雰囲気だが……しかし拳銃は普通の人間が手に入れられるものではない。あれこれ考えながら無遠慮にその綺麗な横顔を眺める。あまりにまじまじと見ていたので、視線に気付いた彼女がハンドルを握りながら一瞬こちらを見て眉尻を下げた。

「強引な真似をして申し訳ありませんでした……用が済んだら、お送りしますから」
「…………」
「あの……本当にすみません。急にあんなもの出して、びっくりされましたよね?もしかして具合が悪くなったりとか、」
「あ、いえ……脅されて水族館に行くなんて初めての経験なので、新しいなぁって……全力で考えてもまったく先が読めなくて、ちょっとドキドキするというか……」

私がそう言った直後、対向車が一台、二台と通り過ぎる。

「…………えっ?」
「な、何でもないです」

長い間のあとに聞き返されて、私は慌てて頭を左右に振った。
これから何が起こるのか本当に予測不能だが、この間のショッピングモールのような命をかけたバトルは早々起こり得るはずはないので、まあ大丈夫だろう。

私は性懲りもなくフラグを立てた。





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