透明な声

高専から少し離れた地域にある廃ビルで、準一級相当の呪いが確認された。2年生の苗字と狗巻はその呪霊の討伐任務に向かうことになった。

___伊地知の車に乗って現地に着いた2人は目の前の廃ビルを見上げた。くすんだ色の壁には蔦が張っている上に窓ガラスはガムテープで塞がれていて、築年数の長さが伺える。いかにも呪いが発生しそうな見た目だ。苗字は気合いを入れるため、隣の狗巻に声をかけた。

「今回も頑張ろうね!」
「明太子!」
「それじゃあ伊地知さん、帳をお願いします」
「了解です。2人ともお気をつけて。闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

辺りが真っ黒に染まっていく。苗字と狗巻は慣れた足取りで廃ビルの中に歩みを進めた。

帳が下りたことで物陰に潜んでいた低級呪霊達が活発に動き始め、苗字達はあっという間に四方を呪霊に囲まれてしまった。しかし今回の一番の目的は準一級。周囲にそれらしき姿は見当たらない。狗巻は数歩前に出ると口元のファスナーを下ろした。

『眠れ』

呪霊達は彼の呪言に為す術もなく、その場でバタバタと倒れた。

「さすが棘君! あとは私がやるね」
「こんぶ」

狗巻が返事と共に親指を立てる。苗字は懐からサバイバルナイフを取り出して一体ずつとどめを刺して回った。ナイフは呪具では無いが、彼女の呪力が流し込まれていて、呪霊は全て綺麗に祓われた。

彼女は高専の生徒の中で最も呪力操作に長けている。ナイフに呪力を流し込むのも、呪力で脳を守り呪言を防ぐこともお手の物だ。近接戦を得意とする彼女がメインで戦うことにより、狗巻の喉への負担を減らすことができる。それ故狗巻とペアを組んで任務に赴くことが何度もあった。

呪霊を一掃した2人は気を取り直して目当ての呪霊を探すために再び歩き始めた。苗字が前を歩き、飛びかかる呪霊をナイフで切り裂いていく。奥で階段を発見したので、上ろうと試みたのだが。
突如、隣でコンクリートの壁が大きな音を立てて崩れた。2人の身体が触手の様な物で拘束され宙に浮く。

「うわッ!?」
「...ッ!?」

さっきとは呪力量が比べ物にならない。この呪霊が準一級だろう。呪霊は意味不明な言葉を発しながら彼女達の身体を徐々に締め付けていく。このままではいけない、と苗字は声を張り上げた。

「棘君! 呪言使って!!」
「おかか!」
「私は大丈夫だから! 今は祓うことに集中して!」
『爆ぜろ』

狗巻の一言で触手が弾けた。解放と同時に地面に放り出された苗字は受け身を取ってすぐに体勢を立て直す。脚に呪力を込めて跳ね上がり、呪霊の頭にナイフを突き刺した。彼女が持ち手を離さずぶら下がれば、呪霊の身体が縦に切り裂かれる。呪霊は断末魔の叫びを上げて消え去った。
無事に祓ったことを確認した苗字は後方で咳き込んでいる狗巻に駆け寄る。そしてポケットに入れていた喉スプレーを差し出した。

「強い呪言を使わせてごめんね。良かったらこれ使って」
「...すじこ?」
「うん、棘君のために買っておいたんだ。私と組むようになってから喉の負担は減ったみたいだけど、万が一何かあったら申し訳ないからね」
「いくら」
「そんなことないよ。棘君の方が優しいって」

彼女は緩く首を横に振る。それを見た狗巻は何か言いたげな様子で、耳を指さすジェスチャーをした。

「ツナツナ」
「ん? いいけど、今から呪言使うの?」
「おかか。...しゃけ?」
「よく分かんないけど、いつも通りに脳を守っとけばいいんだよね」

呪力操作で脳を保護した彼女がオーケーの合図を出せば、狗巻は口を開いた。

「名前のおかげで助かった。ありがとう」

澄んだ声が苗字の耳朶を打つ。面食らって狗巻の顔を見つめると、発言した本人はふいと目を逸らして口元のファスナーを上げた。苗字は微笑んで嬉しそうに言った。

「棘君に名前呼ばれるのって何か新鮮だね」
「いくら」
「えー恥ずかしがらなくていいのに」
「高菜」
「そうだね、そろそろ帰ろっか!」

無事に任務を終えた2人は出口に向かった。
帰りの車内では狗巻はいつも通りおにぎりの具だけで会話をしていた。苗字は彼の貴重な言葉を聴けたこと胸に秘めておこうと思うのであった。





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