エンドロールまで見届けて

毎週金曜日の夜は私と虎杖の2人で映画番組を見るのが習慣になっている。最初は共有スペースのテレビで見ていたけれど、私が給料を貯めて最新型のテレビを買った時から私の部屋に集まるようになった。遠慮がちだった彼も、今ではすっかり慣れたみたいでくつろいでくれている。ベッドを背もたれにして2人並んで座るのが定位置だ。普段の彼は適度なパーソナルスペースを保つのが上手い人だから、ここまで気を許してくれているのは私だけなんじゃないかって淡い期待を抱いてしまう。

今日の放送は恋愛物だった。いつものように部屋を暗くして、虎杖が持ってきたコーラを飲んで、CMの合間に軽く考察しつつ、本編が始まったら黙って見る。
そんないつもの金曜の夜のはずだったのに、事態は一変した。終盤のキスシーンで、隣にいた虎杖が私の手に指を絡めてきたのだ。今までも恋愛映画は何度か見たけど、こんなことをされたのは初めてだった。思わず虎杖の顔を見ると、追い打ちをかけるように名前を呼ばれた。

「名前」
「...悠仁、どうしたの」

互いに下の名前を呼ぶのも初めてで、その場は妙な緊張感に包まれた。虎杖の顔がゆっくりと近づく。私はそっと目を閉じた。心臓の音が私の中で響き渡っている。しかし次の瞬間、予想外の一言が放たれた。

「...ごめん。頭冷やしてくる」

目を開けると虎杖は悲しそうな表情をしていた。いつの間にか指は解かれ、彼はそのまま部屋を出ていった。呆然としたままの私の耳にはエンドロールの音楽だけが流れ込んできた。

___その日以来、虎杖は私を避けるようになった。教室で話しかけられることは無くなったし、廊下ですれ違っても雑談のために立ち止まらなくなった。映画鑑賞以外でも今まで築いた親しい距離感が離れてしまい、野薔薇からは「アンタ達喧嘩でもしたの? 前はあんなにひっついてたじゃない」と言われる始末だ。とりあえず喧嘩だと言って誤魔化したけど、私自身こうなった原因が全く分からない。嫌われてないことだけを祈った。

時間は無情にも過ぎていき、次の金曜日を迎えてしまった。共有スペースでばったり会った拍子に思い切って虎杖に声をかけた。

「虎杖。今日の映画、私の部屋で見る...?」
「あー...いや、俺はここで見るから気にしなくていいよ」

虎杖が視線を逸らす。もう一緒に映画を見ることは出来なくなるかもしれない。私はせめて原因が知りたいと思って慎重に尋ねた。

「...私と映画見るの嫌だった?」
「そうじゃないけどさ、」
「じゃあ、なんで避けるの?」

不意に私の目から涙がこぼれ落ちた。自分が思っていたよりも私の中で虎杖の存在は大きいものだったと今更自覚する。余計に悲しくなって、涙が溢れて止まらない。

「わ、ちょっ、場所変えよっか」

虎杖はぎょっとして私の背中を擦りながら外のベンチに移動させた。久しぶりに感じる虎杖の優しさが痛いほど胸に染みる。ベンチに並んで座ると、虎杖はぽつりぽつり話をしてくれた。

「不安にさせてごめん。俺は苗字と映画見るの嫌じゃないよ。むしろ楽しいっつーか、居心地良い」
「それなら、どうして」
「だから困ってんの。これ以上一緒にいたら引き返せなくなる」
「えっ...?」

混乱している私に対し、虎杖は真剣な眼差しで吐露していく。

「俺は死刑になるって決まってるから、大切な人を置き去りにする未来しか想像できない。だからさ、俺が誰かを好きになってもお互いを傷つけるだけなんじゃないかって思うんだ」
「そんな...」
「なのに、苗字といると段々気持ちが抑えられなくなってきて。本気で好きになりそうで怖くなった」

数奇な運命を背負った虎杖はそうやってずっと苦しんでいたのかもしれない。呪術師にしては優しすぎるその考え方は、今の私にとっては酷く悲しいもので。私はずるいと分かっていながらもこの場で想いを伝えてしまった。

「そんなの、寂しいよ。私はずっと前から虎杖が好きなのに」
「...っ!」
「私だって呪術師だから、いつどこで死ぬか分かんないよ。置き去りにされる方かもしれないし、する方かもしれない。どっちになっても悲しいに決まってる。...でも、せめて、生きてる間くらい好きな人と一緒にいたい」

最後の言葉に虎杖は目を見開いた。そして困ったような顔になって私に言った。

「...俺、かっこ悪いな。先の心配ばっかしてさ」
「虎杖は優しすぎるんだよ」

そんなことないって、と緩くかぶりを振った虎杖はあの日のように私の手をとった。男子らしい無骨な指が絡まる。私は真っ直ぐな瞳に射抜かれた。

「苗字、好きだ」
「私も。...ね、名前呼んで」
「名前」
「ん、悠仁」
「恥ずかしいなこれ」
「慣れてよ。死ぬまでに沢山名前呼ぶんだから」
「ははっ、縁起わりーな」

星が輝く夜空の下で、想いを通わせた私達は笑い合った。先の見えない不安はあるけれど、一緒なら強く歩んでいけるはずだ。





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