随類応同

ある日の夜。夕食も風呂も済ませた夏油が何をしようかと手持ち無沙汰になっていた時、机の上の携帯電話が通知音を発した。画面を確認すれば苗字からのメールだった。

『今時間ある? 数学を教えて欲しい。硝子が任務に行ってて他に頼れる人がいないんだ』
『構わないよ。電話と直接どっちがいい?』
『直接で頼む。共有スペースにいるからいつでも来て』
『了解。すぐに行く』

夏油は特にやることもないので、ペンケースと教科書を掴んで部屋を出た。
共有スペースに着くとソファに座っている苗字の姿があった。目の前のテーブルにはプリント類が散らばっている。足音に気づいた彼女は教科書との睨めっこを中断して顔を上げた。

「夏油〜! 明日の小テストやばいから助けてくれ」
「そう言うと思ったよ。私も今から復習するつもりだったし、丁度良かった」

夏油はそう言って隣に腰を下ろした。苗字が先程から開きっぱなしのノートを差し出す。

「こっから分かんねーんだけど」
「ん? 公式があるじゃないか」
「そもそもどこで公式使うのか謎」
「あー...じゃあまず途中式を書こうか」

想像していたよりも苗字は計算が苦手なようだ。勉強会は長引きそうだと思い、彼は手首から黒いゴムを取って邪魔な髪を適当に後ろでまとめた。彼はどちらかといえば文系寄りだが自分なりに丁寧な説明をしようと心がけた。
時々ヒントを貰いながら地道に解いていくと、苗字はついに正解を導き出せた。達成感に満たされて思わずノート掲げる。

「おおお、やっと理解できた! ありがとう!」
「どういたしまして」
「これからは夏油に聞こうかな。硝子より説明が丁寧だったし」
「はは、硝子は感覚派だからな。悟は割と教えるの上手いよ」
「えーあの白髪が?」
「私より悟の方が数学得意だし、今度聞いてみるといい」
「アイツ絶対馬鹿にしてくるだろ」
「それはちょっと否定できないな」

苗字が言う光景が目に浮かんだので夏油はクスクスと笑った。勉強道具を片付け終わった彼女は部屋に置かれている共用冷蔵庫を指さした。

「そうだ、お礼に私の秘蔵プリンあげるよ。そこの冷蔵庫に名前書いてるやつが入ってるからいつでも食べて」
「ありがとう、明日の夕飯後にでも貰おうかな」

彼らの勉強会はそこでお開きとなった。

___翌日、夏油は夕食後に共有スペースに立ち寄った。
冷蔵庫を開けると五条や灰原がストックしている夜食の奥に大きく記名された自己主張の激しいプリンがあった。カップの上に置かれていたスプーンごと取り出し、ソファに座って食べ始める。バニラビーンズの香りとほろ苦いカラメルのバランスが丁度良い。たまには甘い物も悪くないなと考えていると通りかかった五条に声をかけられた。

「傑、それチビ助の名前書いてんぞ」
「ん? ああ、本人から食べていいって言われたんだ」
「ふーん」

何か言いたげな様子の五条を見て、夏油は笑いを噛み殺した。五条は良くも悪くも感情が表に出やすいのだ。口をへの字に結んだまま彼は冷凍庫から自分のアイスを取り出した。
その直後、今度は苗字が共有スペースにやってきた。彼女は夏油がプリンを食べているのに気づくと嬉しそうに声をかけた。

「夏油! それ美味いだろ? 最近デパ地下で人気なんだって」
「本当に貰って良かったのか?」
「私はこの前も食べたから全然良いよ。それに今日の小テスト全部解けたしな! 夏油様様だ」
「すごいじゃないか。昨日あんなに苦戦してたのに」
「苦戦は余計だっつーの。テスト返ってきたら見せてやる」

2人がけらけら笑い合う。五条はアイスをかじりながら彼らの話を聞いていたのだが、蚊帳の外にいるような気がして口を挟んだ。

「傑に勉強教えてもらったのか」
「そうそう、めちゃくちゃ分かりやすかった」
「数学なら俺の方がぜってー分かりやすい。次から教えてやってもいいぜ」
「オマエに聞くのはプライド的になんか嫌だ」
「ざけんな」

苗字が即答したので五条は悪態をついた。この様子だと彼女に頼られたかったのだろう。夏油は素直になれない親友を可笑しく思いながら彼らのやり取りを見守るのであった。





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