囚われの身


 ペルツがハートの海賊団と接触した翌日。何も知らないナマエはいつものようにペルツの屋敷のコレクション部屋で過ごしていた。そこは家主から彼女に宛てがわれた居住スペースだ。
 コレクション部屋には世界中から集めてきた動物の剥製や毛皮が飾られている。始めは不気味な部屋としか思わなかったが、あまり人が寄りつかないので今ではナマエの気が唯一休まる場所となっている。無論、ペルツがやってくる時間は除く。
 ナマエが屋敷内にいる間は海楼石の首輪をつけられて人間の姿のままでいる。外出時は変身を命じられ、革製の首輪や鞍を巻かれてペルツの馬代わりを務める。時にはボディガードまがいの事をさせられることもあった。美しく強い獣として、都合よく使われるのが日常だ。今の彼女は海楼石による脱力感と昨日のセレモニーの疲労感が合わさって、ベッドにずっと横たわっている状態だ。
 ナマエがうたた寝をしていると突然部屋のドアが開き、使用人によって台車に乗った檻が運ばれてきた。中にはオレンジの服を着た白い動物が横になっているのが見える。身体は鎖が巻き付けられていて窮屈そうだ。何事かと思って上体を起こせばペルツが歩み寄ってきた。

「ナマエ。こいつが目覚めたらおれを呼びに来い」
「この方は...」
「ハートの海賊団の白熊だ。街中を1匹で彷徨いてたんで麻酔銃で眠ってもらっている。船長は頭のキレる野郎だったが、他はそうでもないらしい」

 ペルツは小馬鹿にしたような笑いを残して部屋を去った。使用人も後に続き、再び部屋に静けさが訪れる。ナマエは規則的な寝息を立てる眼前の白熊を眺めた。昨日のセレモニー会場にいたような気がする。恐らく自分と同じ様に見た目を気に入られて攫われてしまったのだろう。海賊と言っていたが、こんなことをして大丈夫なのだろうか。ナマエは心配や不安を巡らせながら、白熊が目覚めるのを待った。
 2時間程経つと白熊がむくりと起き上がった。鎖が重そうな音を立てる。キョロキョロと周りを見渡しても視界に入るのが剥製ばかりで恐怖を覚えたのか、心細そうに呟いた。

「あれ?ここ、どこだ?キャプテン...皆...」

 声に気づいたナマエはベッドから出て檻に歩み寄った。人影に気づいた白熊は早口で尋ねた。

「ね、ねえ君!ここがどこか分かる?」
「ここはペルツ様のコレクション部屋です」
「コレクション...」

 白熊は周囲の剥製を見て察したのか、声音に絶望感を滲ませた。ナマエは気の毒に思いながら檻の前に座って話しかけた。

「あの、お体は大丈夫ですか?麻酔銃で撃たれたと聞きました」
「え!?確かに背中がちょっと痛いかも。でも全然大丈夫!それより船に戻らないと!」

 白熊が鎖を解こうとじゃらじゃら鳴らして動き始めるので、ナマエは慌てて止めた。

「申し訳ないのですが、あなたが目覚めたらペルツ様を呼ぶように言われています」
「ペルツって昨日の奴だな!?良いよ、おれも話がしたい」
「分かりました」

 どうやら白熊はペルツの事を知っているようだった。どこで会ったのかは知らないが、説明の手間が省けたナマエはそのまま部屋を出た。

▽▽▽


 部屋に戻ってきたペルツは両手を広げ、嬉しそうな声を上げた。

「目覚めたか白熊!」
「おれをここから出せ!」

 白熊が威勢よく叫んだ。ナマエは両者のやりとりを不安げに見つめている。ペルツは白熊の抵抗にも満足そうな表情を浮かべた。

「やはり人語を喋れるようだな。お前はミンク族だろう?」
「ああそうだよ!白熊のミンクだ。それがどうした」
「私は動物が大好きでね。毛皮はもちろん、造形美も好きなんだ。特にミンク族は私の長年の憧れだった...!私としては穏便に済ませたかったが、商談を断られてしまったからね。少々手荒な手段を使ったよ」

 ナマエはミンク族を見るのは始めてだったが、昔読んだ本に書かれていた記憶がある。強い戦闘力と美しい毛皮を持った種族となればペルツが欲しがるのも納得がいく。

「君には選択肢を与えよう。私の下でペットとして飼われるか、剥製になるか...どちらがいい?」

 上から目線の物言いをするペルツに対してナマエは不快感を抱くと同時に、能力者ではないミンク族は剥製にされてしまう末路もあるという事実に寒気がした。ペルツの毛皮好きは彼女が身を持って知っている。しかし白熊自身は怯えるどころか怒鳴り声を上げた。

「どっちも願い下げだ!!!ハートの海賊団を舐めるなよ!お前なんかキャプテン達がすぐにぶっ飛ばしに来るからな!」
「ハッハッハ!海賊らしい荒くれ者だな。しかし残念だが、先程海軍に通報した。じきに海軍支部から軍艦がやってくるだろう」
「何だって!?」
「ハートの海賊団はまだ“記録”(ログ)がたまっていないだろう?この島から下手に離れることはできないはずだ。しかも航海士がいないとなれば尚更!」
「ぐっ...!」
「夕刻、私はお前を船に乗せて海上に避難するつもりだ。それまでにペットになるか剥製になるか決めておけ。海軍がお前の仲間を捕まえた頃に帰国する」
「ふざけるな!おれはペットにも剥製にもならない!」

 白熊は鎖を揺らし激しい音で抵抗の意を見せるが、ペルツは高笑いをして背を向けた。

「ハッハッハ!そうやって喚いていればいいさ。ナマエ、そいつを見張っとけ」
「かしこまりました」

 ナマエが頭を下げて返事をするとペルツは退室した。嵐が去ったように部屋に沈黙が訪れた。白熊は静かに佇むナマエを見上げて尋ねた。

「君はあいつの部下なの?」
「私は部下というよりペットみたいなものです。もう何年もこんな状態です」

 ナマエは自嘲気味に首元の首輪を見せた。何年も同じ位置が擦れるせいで皮膚に浅黒い痕がついている。優しい白熊はそれを見て心を痛めたようだ。

「酷いな...。そうだ、君も一緒に逃げようよ!」
「む、無理ですよ...!ペルツ様は海楼石の武器や鎖をお持ちです。能力者の私では太刀打ちできません。この首輪も海楼石でできています」
「そうなのか...で、でも!キャプテン達が来てくれたら大丈夫だから!」
「そんなに強いのですか?」
「うん、毛皮のおっさんや海軍なんて全部ぶっ飛ばしてくれるに決まってる!」

 自信満々に宣言する白熊に対してナマエは微笑んだ。ペルツの周りでは見ないような絆を感じる。

「白熊さんには素敵な仲間がいらっしゃるんですね」
「まあね!ハートの海賊団は最強なんだ!」

 白熊が胸を張って言うので、ナマエはこれほど信頼を築ける仲間を羨ましく思った。一連のやりとりで警戒心を解いた白熊はナマエに尋ねた。

「おれはベポっていうんだ。君の名前は?」
「ナマエです」
「キャプテンが来たらナマエのことも逃すように頼んであげるよ」
「ほ、本当ですか?」
「うん!きっと大丈夫。一緒に逃げよう」

 ベポの瞳は真っ直ぐで曇りがなく、とても嘘をついているようには思えなかった。ナマエは以前こうした都合の良い話乗ってまんまと騙された経験を思い出す一方で、希望の星に縋りたくなった。
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