毛皮屋の商談


 ナマエが再び自由を奪われてから7年後。ハンデルン王国にとある海賊団がやってきた。
 この国の中心街は石畳の道とそれに沿って建てられた木組みの建築が童話のような雰囲気を醸し出していることで有名だ。現在季節は冬を迎え、積雪がより美しく街並みを引き立てている。
 店が集まる大通りは住民から観光客まで様々な人が行き交っていて特に活気がある。その中に紛れて、帽子を被った青年3人と二足歩行の白熊という奇妙な4人組が歩いていた。ペンギンのロゴ入り帽子を被っているのがペンギン、キャスケット帽がシャチ、ファーのボーラーハットがロー、白熊はベポという。彼らは“北の海”(ノースブルー)で名を上げたハートの海賊団だ。先程上陸したばかりの彼らは食糧補給も兼ねて街を散策している所だった。厳しい寒さの中でも買い物を楽しむ人々を横目にペンギンは意外そうに言った。

「冬島っつーから寂れた感じかと思ってたが、ここはかなり賑わってんだな」
「さっきから高そうな店ばっかりだし、セレブの街なのかも」

 シャチはそう答えつつ、小綺麗な外観の店から大きな紙袋をもった男女が出ていくのを指した。看板を見る限り、この辺りは服飾品の店が多いようだ。会話を聞いていたローが過去に新聞で読んだ知識を補足した。

「この国は毛皮産業で有名らしい」
「それで皆ファーコートを着てんのか」

 ペンギンの言う通り、周りの人間はほぼ全員暖かそうなファーコートに身を包んでいた。デザインも多岐に渡り、防寒具としてだけでなくファッションとして浸透しているようだ。ベポは思わず暗い声でつぶやいた。

「毛皮...」
「そりゃお前は複雑だろうな、ベポ」

 シャチは半分面白がりながらも大きな背中を摩ってやった。
 4人が談笑しながら進んでいくと、通りを抜けて広場に出た。中央で何やら人だかりができ始めている。人の流れに乗って近づいてみれば、真新しい看板を構えた店の前にリボンで装飾されたポールや花が飾られているのが目に留まった。即席のステージの上で司会者らしき人物がマイクを持って高らかに宣言した。

「これよりオープニングセレモニーを開催します。ではペルツさんこちらへ!」

 観客の拍手を浴びながら、ペルツと呼ばれた男性がステージに上がった。精悍な顔つきで黒褐色の立派なファーコートを着こなす姿は威厳がある。彼に続いて革のベルトや鞍で着飾られた白い虎が登場し、彼の隣に大人しく座った。住民は見慣れているのか、特に恐怖する様子はない。

「あのでかい虎はペットか?さすが金持ちはスケールが違うぜ」

 ペンギンが思わず呟いた。シャチも珍しい虎を興味深そうに見ている。同じくステージ上に目を向けていたローだったが、何かを察して眉を顰めた。

「...悪趣味だな」

 ローの嫌悪感を含んだ呟きは毛皮の男性のスピーチでかき消されたが、耳の良いベポだけが反応した。

「キャプテン、どうしたの?」
「いや。なんでもない。混雑に巻き込まれないうちにさっさと行くぞ」
「アイアイキャプテン!」

 スピーチの声を聞きつけて集まってくる人々の合間を縫って4人はその場を離れた。その後は寄り道をやめて本来の目的である食糧補給を果たすためにしばし街を奔走した。

▽▽▽


 夜になると、ハートの海賊団は街の端にある酒屋で飲み始めた。見張り番やその他に用事がある者は来ていないとはいえ10人以上の大所帯なので、狭い店内はほぼ貸切状態だ。テーブル席で賑やかに飲んでいる船員(クルー)を放置して、ローはカウンターに座り店主に話しかけた。

「この島の“記録”(ログ)がたまるまで何日かかる」
「4日だよ。ゆっくりしていきな」

 気の良さそうな中年の店主は海賊相手の商売に慣れているのか、笑顔で質問に答えた。それならばとローは情報収集を続ける。

「ペルツという男を知ってるか?」
「もちろん。彼はハンデルン王国で最も有名な毛皮商だ。海軍も懇意にしているそうだし、海賊はあまり関わらない方が賢明だよ」
「へえ...それは面倒だな」

 ローの脳裏に昼間のセレモニーの光景が浮かぶ。ただの富豪かと思いきや、そうでもないらしい。そんなことを考えながら彼はホットワインを喉に流し込んだ。その時、タイミングを見計らったかの様に背後でドアベルが新たな来客を告げた。足音は真っ直ぐにローへと向かい、ハートの海賊団の話し声が一瞬止んだ。まさに噂をすれば影がさすとはこのことで、ローが視線を上げるとペルツが立っていた。彼は不敵な笑みを浮かべて尋ねた。

「隣、空いてるか?トラファルガー・ロー」
「好きにしろ。丁度お前の話をしていたところだ」

 ローが答えると、ペルツは毛皮のコートを脱いでカウンター席に座った。やりとりを見守っていた船員(クルー)達も危険はないと判断して食事を再開した。心なしか声の音量は下がっていたが、ペルツは気にも止めずに店主に注文を入れた。

「ビールとヴルストを」
「か、かしこまりました」

 おそらくこの場で一番緊張しているであろう店主は毛皮のコートを丁重にハンガーにかけてから酒の用意を始めた。待ってやる義理もないのでローは早速疑問を投げた。

「毛皮屋が俺に何の用だ」
「そう睨まないでくれ。ここに有名な海賊が来てるって聞いたんで、ぜひお目にかかりたいと思ってね」

 ペルツから敵意は伝わってこないが、わざとらしい笑顔のせいで腹の底が見えない。警戒するローとは反対にペルツは明るく話を続けた。

「そうそう、昼間のセレモニーも少し見てくれただろう?礼を言うよ」
「あれは偶然通りかかっただけだ。興味があったわけじゃない」
「ハッハッハ!つれないな」

 ペルツは豪快に笑い、店主からカウンター越しに受け取ったビールを呷った。ヴルストをつまみながらハートの海賊団がいる席を指して言う。

「ところで、あの白熊は君達のペットかね」
「あいつはうちの航海士だ」
「それはそれは。大変失礼した」
「何を企んでる」

 ペルツの物言いに不快感を露わにしたローが睨みつける。しかし、それに怯む事なくペルツははっきりと要件を告げた。

「では本題に入ろう。彼を買い取らせてくれ。3億ベリー出そう」

 それを聞いて真っ先に声を上げたのは背後の船員(クルー)達だった。

「黙って聞いてりゃあ何言い出すんだこのおっさん!!!」
「いい加減にしろよてめえ!!」

 店内で罵詈雑言が飛び交い、店主が真っ青になる。ベポも不安そうに船長を見つめている。ローは冷静に対処しようと諌めた。

「お前らは黙ってろ」
「キャプテン...!」

 船長に止められたら従うしかないと全員が口を閉ざす。ローはペルツに向かって冷たく言い放った。

「毛皮屋。どんな条件を出されようと船員(クルー)は売らねえ。次くだらねえ冗談を言ったら切り刻んでやるからな」
「気分を害したのならすまないね。でも私は本気だよ」
「お前が侍らせてた虎もそうやって買ったのか?」
「いいや、あれは私が捕まえたのさ。美しいホワイトタイガーだっただろう?管理には気を遣っているんだ」
「...仮に本物の虎なら魅入ってたかもしれねえが。あれは悪趣味だ」
「ほう...」

 ローが眉を顰めて回答し、ペルツは少し驚いたようだった。ペルツが暴露する前に虎の秘密に気づいたのは彼が初めてだ。
 ペルツは残ったビールを飲み干すと、飲食代より多めの紙幣を店主に渡した。それに気づいたローの眉間に皺が寄るも、ペルツは余裕のある態度でコートを羽織った。

「邪魔して悪かったね。駄目元で交渉しに来たが、私はまだ諦めていないからな」

 ペルツはそう言い残して去っていった。その後、店内では船長の格好良さと毛皮商の愚痴を肴に宴会が続けられた。カウンターにはため息をつく船長と胸を撫で下ろす店主がいたのだとか。
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