サタデーナイト


 今日は快晴で風も良い。気候が安定しているのは次の島の海域に入った影響だろう。絶好の洗濯日和ということで、ポーラータング号を海面に浮上させ甲板に物干し用のワイヤーを設置した。船員(クルー)達は各々の溜め込んでいた洗濯物を一気に干す。多量の衣類が風に靡く様子はこの船が大所帯であることを改めて感じさせる。ナマエが大きなタオルを洗濯バサミで挟んでいると、隣で同じ作業をしていたベポが薮から棒に問いかけた。

「そういえばさ、ナマエって何の能力者なの?」
「ベポさんはご存知だと思ってました」
「いやいや!おれ知らない!どんなのか見せてよ」
「良いですよ」

 ナマエは快く頷き、次の瞬間には白い虎に姿を変えた。四足歩行になってベポを見上げれば、いつもより僅かに大きく開かれた黒い目と視線が交わる。驚きで固まっているベポの気持ちを代弁するように、偶然近くで見ていたシャチとペンギンが声を上げた。

「あ!?あん時の虎!!!」
「ナマエだったのか!?」

 あんぐりと口を開ける二人が面白くてナマエはゆるりとしっぽを動かした。怖がられるよりもこうした反応の方が嬉しい。甲板の柵に寄りかかっていたローも一連のやり取りを見ていたはずが、特段驚きもせずに欠伸を噛み殺している。そんな彼にベポは首を傾げて尋ねてみた。

「もしかしてキャプテン、最初から気づいてた?」
「一目見りゃ分かる。お前らはもう少し洞察力を磨け」
「すみません...」

 ベポが船長の一言で落ち込んだので、シャチとペンギンが背中に手を回して慰めてやった。そんなお決まりの流れをケラケラ笑いながら洗濯物の合間からイッカクが顔を出した。

動物(ゾオン)系か!」
「はい。ネコネコの実、モデルホワイトタイガーです」
「綺麗な毛並みだね。触っていい?」
「どうぞ」

 ナマエがイッカクの足元に寄ると細い手が伸ばされた。そっと頭を撫でる手つきは今まで触れてきた誰よりも丁寧だった。白と黒の毛並みにイッカクの指が少し沈む。

「すご!!ふわっふわ!」
「ふふっ、くすぐったいです」

 ナマエは耳を少し倒して目を細める。猛獣というよりは巨大な猫のようだ。ペンギンが羨ましそうに手を伸ばす。

「えっ!おれも触らせてくれ!」
「おれも!」

 シャチも便乗してナマエの頭を撫でた。白黒のしっぽがゆらりゆらりと揺れる。三人に取り囲まれるナマエを見ていたベポが楽しそうに言った。

「この船にはキャプテンとナマエしか能力者がいないからね。みんな珍しいんだよ」
「そうなんですか。それなら皆さん泳ぎが得意なのでしょうか」
「もちろん!おれ達は海戦のスペシャリストだよ!」

 ベポが自信満々で胸を叩いた。それに倣ってシャチ、ペンギン、イッカクも各々ポーズを決める。こうしたノリが徐々に分かってきたナマエはクスクスと笑った。息がぴったりで愉快な仲間達だ。一方で彼らを束ねる船長は仏頂面のまま佇んでいる。顔には出さないが、注意も否定もしないので船員(クルー)達が賑やかなのは居心地が良いのだろう。ナマエはそう解釈した。折角の機会だということで彼女も気になっていた疑問を発した。

「ローさんが食べた悪魔の実は何ですか?かなり応用が効きそうな能力でしたけど」

 ナマエはベポ救出の際に見たワープのような能力や切断を簡単にやってのけるローの戦闘を思い浮かべた。ローは情報を明かす事に一瞬迷いを見せたようだったが、危険は無いと判断して簡潔に答えた。

「...オペオペの実だ。特定の空間内を手術室としておれの自由に扱える」
「近接戦から遠距離まで、何でもいけそうですね。私は格闘メインなので羨ましいです」
「悪魔の実は解釈次第で能力の幅が広がる。お前も研究すれば戦闘に磨きがかかるはずだ」
「なるほど...。頑張ります」

 側で聞いていたペンギン、シャチ、ベポ、イッカクの喉元にナマエはハートの海賊団の戦闘員では無いのでは?という言葉が出かかったが、静かに呑み込んだ。当の本人が真面目な顔で頷いているからだ。船長に対する強い忠誠心にわざわざ水を差す必要はない。
 そうこうしているうちに甲板前方にいた誰かが大きな声で叫んだ。

「島が見えたぞー!」

▽▽▽


 ポーラータング号を港につけた後、船員(クルー)達は情報収集、食料調達、燃料調達、船番等の担当を決めた。ナマエは夜の船番を割り当てられた。その後、経理担当からそれぞれ必要な金額を与えられ、街へ繰り出す。その場で待機していたナマエの元にベリーの入った巾着を持ったイッカクがやってきた。

「ナマエは私と一緒に生活に必要なものを揃えに行こう。予算もちゃんと確保してあるよ」
「本当ですか?買い物なんて久しぶりです」

 自由に街を出歩けるなんて何年ぶりだろうとナマエは胸を躍らせる。笑顔のイッカクと並んで新しい島に降り立った。
 住人の話によればここは春島とのことだった。程よい気温と日差しはかなり過ごしやすい。ナマエとイッカクは街のメインストリートで服や生活雑貨を一通り揃えた。遠慮ばかりのナマエの背中を押してイッカクが購入させた物がほとんどだ。こうして同性と買い物に出かけた事自体が初めてのナマエにとって、新鮮で楽しい時間だった。
 昼時に偶然可愛らしい外観のパン屋を見つけたので、いくつかパンを買ってテラス席で食べることにした。どこぞの船長がパンを嫌うので、久しぶりに食べると二人で笑い合う。ナマエはサンドイッチとクロワッサン、イッカクはミートパイと胡桃パンを選んだ。テラス席のパラソルの下で美味しいパンに舌鼓を打った。食後、イッカクがお金を入れていた巾着の中身を確認して言った。

「ちょっと余ったね。残りはナマエが持っておきな」
「良いんですか?」
「いーのいーの。だけど今回だけね。ウチじゃ手に入った宝は基本山分けで、戦闘の貢献度に応じて取り分が決まるの。ナマエも頑張らないと小遣いはナシよ」
「なるほど...」
「あんたも一応戦えるんでしょ?」
「それなりには...。ですがお役に立てるかは分かりません」
「まあ心配なら今度ベポにでも稽古つけてもらいな」
「良いですね。楽しそうです」

 ベポとの稽古を想像したナマエがふわりと笑った。イッカクから有り難く巾着を受け取り、大切に自身のつなぎの懐にしまった。

▽▽▽


 ナマエとイッカクが船に戻って船番を交代すると、昼の担当者は元気よく飛び出していった。酒場で飲みに行く予定らしい。
 今夜の船番はナマエとイッカクとウニ、クリオネの四人だ。男性陣が甲板で夜釣りを楽しんでいる間、ナマエ達はキッチンの整理をしていた。イッカクから香辛料の詰め替えや在庫の確認のやり方を一通り教わった後、ナマエは時計を見上げて尋ねた。普段なら食堂に集まって夕食を食べている時間だ。

「皆さん、何時頃帰ってくるんでしょうか」
「さあねー。あいつら満足するまで飲み続けるからね。中には朝帰りする奴もいるよ」

 イッカクが砂糖を容器に移し替えながら答える。今朝まで食事の準備は当番制だったが、夜はどうなるのだろうか。疑問に思ったナマエはもう一つ訊いた。

「島に滞在する間の料理は当番制ではなくなるのですか?」
「まあそうだね。朝はやる事が多いから揃って食べるけど、昼と夜は特に決まりはないの」

 イッカクの返答を聞いたナマエはしばし考えを巡らせ、自分が役に立てることを思いついた。

「それでは今夜の夕食は私が作っても良いでしょうか」
「え、逆に良いの?めちゃくちゃありがたいけどさ」
「実は料理するの好きなんです。長らくやってなかったので、久しぶりに何か作りたくなってきました」
「本当!?ナマエの料理食べてみたい!」

 ナマエの提案にイッカクが目を輝かせる。ナマエはペルツに捕まる前までは各地を転々としながら働いていた。飲食店で働いた経験も豊富で、料理を振る舞って相手が笑顔になるのは何度見ても嬉しい瞬間だった。どうせ作るなら多くの人に食べてもらいたい。甲板にいるであろう男性陣の顔を思い浮かべてナマエが言った。

「もし良ければ他の船番の方もお呼びして一緒に食べませんか?」
「良いじゃん!私誘ってくる!」
「ありがとうございます。私は今から準備に入りますね」

 イッカクの楽しそうに駆けて行く背中を見送ってナマエは手を洗った。食材は今日補充したばかりで何でも揃っている。四人分ならあっという間に作れそうだ。久々にキッチンに立って腕が鳴った。

▽▽▽


 イッカクとウニ、クリオネが一つのテーブルを囲んで談笑している間、ナマエはサラダとクリームパスタを作った。サラダには砕いたナッツを振りかけ、パスタソースには白ワインとチーズを入れてある。酒飲みが多いおかげで便利な食材が色々揃っていた。
 料理を終えたナマエは綺麗に盛り付けた皿とカトラリーをテーブルに運んだ。

「どうぞ、召し上がってください」

 イッカク達は目の前に置かれたパスタとサラダに喉を鳴らした。チーズのクセのある香りが鼻腔をくすぐる。早速フォークを掴んで口へ運ぶ。

「何コレ!?おいしー!」
「美味い。店で出されても良いくらいだ」
「前はレストランにでもいたのか?」

 イッカク、ウニ、クリオネが口々に言った。三人ともナマエの料理を気に入ったようだ。作った本人も自分の分の皿を持ってきてイッカクの隣に座ると笑顔で答えた。

「ありがとうございます。何年も前ですが、色々な飲食店で働いていた時期があるんです」

 ナマエは昔を懐かしんで目を細めた。天竜人から解放された後はお金を稼ぐのに必死だったが、あの時の経験が恩人達の役に立って良かったと思う。ナマエがパスタを頬張る横でイッカクが楽しそうに言った。

「ウチで料理が上手いのはシャチとペンギンだけど、ナマエも良い勝負だね」
「あのお二人も料理が好きなんでしょうか」

 興味を持ったナマエが首を傾げて、向かいにいたウニが答えた。

「多分。あいつらが当番の日は割と凝った料理が出てくるしな。おれらはカレーとかシチューばっかり作るってのに」

 その言葉にクリオネとイッカクがどっと大笑いした。ナマエもつられて口元を綻ばせた。和気藹々とした食卓がナマエの心を温めていく。視界が少し滲むのは笑いすぎたせいだと思うことにした。
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