裏道儲け話

 早坂に依頼してから数日後。名前は再び例のバーに呼び出された。根回しされているのか定かではないが、前回同様店内に他の客の姿はない。向かいの席の早坂がテーブルの上に木箱を置いた。

「これが頼まれてた商品だよ」
「ありがとうございます。こんなに早く入るとは思いませんでした」
「私達にかかれば、これくらいどうって事はないさ」

 そう言って早坂はいつも以上に笑みを深めた。カウンター席で酒を飲みながら聞き耳を立てていたユキの横顔も満足そうだ。名前は中身を確認するように促され、木箱の蓋を開けた。中には存在感を放つシルバーが緩衝材の上に鎮座している。

「本当に小型ですね。助かります」
「威力も申し分ない代物だ。それと支払いについてだが...」

 2人は金銭の話に移行し、滞りなく取引を終わらせた。
 早坂が名前の為に仕入れたリボルバーは小型で扱いも比較的簡単なものだった。彼女は愛用しているダレスバッグの奥底に忍ばせることにした。

 しかし、今のところそのリボルバーを使う心配はなさそうだ。購入した理由のひとつは電子ドラッグによる治安の悪化だったのだが、先日のニュースで探偵の桂木弥子が電子ドラッグのワクチンを入手したと報道されたのだ。名前は画面越しに彼女に称賛の拍手を送った。

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 電子ドラッグ関連の騒ぎはすっかり収まり、世間に日常が戻ってきたある日。診療時間外にも関わらず名前は診療所の棚を漁っていた。クリアファイルを出しては戻しを繰り返し、文字を流し読みして目当ての名前を探す。

「あった。葛西さんのカルテ...」

 名前は手元の紙に視線を落とした。葛西を疑っていたわけではないが、本当に祖父と父から治療を受けていたようだ。かなり酷い火傷を治療したと記録が残っている。最後の来院日はなんと10年以上も前。近いうちにカルテの整理をしなければ、と名前は思った。ついでに電子カルテの導入も検討したいところだ。
 葛西の素性が大方分かったので机上に散らかったクリアファイルを元の位置に戻し始める。そこでタイミング良く着信音が鳴った。携帯電話には桂木弥子と表示されている。名前がすぐに電話を取ると、以前と変わりない元気そうな声が聞こえてきた。

『名前さん、お久しぶりです』
「お久しぶりです。桂木さんのニュース見ましたよ。あなたが電人HALを説得したそうですね」
『あはは...そんな感じ?です』
「国を救った探偵さんとこうしてお話が出来て光栄です」
『そんな大袈裟ですよ!』

 電話越しに弥子が朗らかに笑った。名前は治療の予約等ではなさそうだと思って尋ねた。

「ところで今日はどうしたんですか?」
『あ、あのですね...私、500万円の借金を抱えていまして...。どうにかしてお金を稼ぐ方法を探しているんですけど、何か良い案はありませんか?』

 いくら著名人になったとはいえ、女子高生で500万円の借金を抱えるとは一大事だ。名前は何とかして弥子の力になれないかと考えを巡らせる。

「500万ですか...。さすがに診療所のバイトでは難しいですね。...あ、患者さんの会社で事務員や清掃員を募集しているかもしれないです」
『本当ですか!? でもそれだけで返せますかね?』
「肩叩きの延長や重くなったドラム缶の処分等が出来るなら、かなりの額を稼げるかと」
『却ーーーーーー下ッ!!』

 名前は半ば本気で提案したのだが、弥子からは全力で拒否されてしまった。時給換算すれば決して悪い話ではないが、表沙汰にできないのも事実。考えを改めた名前が言葉を零した。

「...さすがに女子高生に勧めていい仕事ではなかったですね」
『他の人もだめですって! 』
「お役に立てなくてすみません」
『全然気にしないでください。他をあたってみます!』

 こうして弥子との通話が終了した。彼女の人脈と交渉術があれば心配はなさそうだ。名前は書類の片付けを再開し、今夜の診療時間に備えるのであった。

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