才気煥発

五条と夏油の任務に苗字が同行することが許可された。今回の行先は郊外の廃墟だ。古びた壁は蔦に覆われていて、薄暗い屋内はいかにも呪いが集まりそうな雰囲気である。
五条たちが二級呪霊を三体払っている間に、彼女は周りに集まっていた低級呪霊の掃除役をしていた。呪力を込めた刀で斬り裂いて、次々に祓っていく。
余裕が出てきたので横目で五条たちの戦闘を見ていたのだが、予想以上の強さに目を丸くした。

「...めちゃくちゃ強いな」

無下限呪術と呪霊操術。名称を聞いただけではピンとこなかったが、二人の戦闘を見ればどれほど強いのかよく分かった。術式はもちろんのこと、体術、技術も洗練されている。戦闘のセンスが段違いだ。五条が名家出身だというのも頷ける。チビと馬鹿にされるのは気に食わないが。そして家柄関係なく強い夏油は一体どういうことだ。
苗字が二人の戦闘に見入っていると、あっという間に二級呪霊たちは祓われた。二人ともチートかよ、という呟きが五条の耳に届いて笑われた。

「アホでも理解できたんだな」
「誰がアホだ」
「名前も初任務にしては良く動けてたじゃないか」
「やっぱそう思う? もっと褒めて」
「蠅頭くらいで調子に乗んな」
「ちょ、五条厳しくね」

夏油は褒めてくれるのだが、もう一人の同級生は厳しいらしい。苗字が不貞腐れていると、突然五条が血相を変えて叫んだ。

「名前ッ! 後ろ!」
「くッ」

騒音と共に背後の壁を突き破って現れた巨大な呪霊が苗字に飛びかかる。彼女が反射で持っていた刀を思いきり振ると、呪霊は真っ二つになった。なんとそれだけではなく、呪霊の奥にあった天井が崩れて瓦礫が散らばった。土埃が舞って視界が悪くなる。

「斬れ...た...」

咄嗟に強い呪力を込めたので、彼女はそのまま意識を手放してしまった。倒れ込む前に五条が支えてやる。

「危ねーな」

小柄な彼女の腕を自分の肩に回すのは無理があると思い、仕方なしに横抱きに切り替える。その間、夏油は神妙な顔で天井や瓦礫を観察していた。

「悟、今の見たか?」
「...斬撃が飛んだな。コイツ、本当にこの前まで一般人だったのかよ」
「やはり呪術師の血なんだよ。このままいけばすぐ昇級だろうね」
「チビ助のクセにやるじゃねえか」
「悟もいい加減認めて、少しは優しくしてやったらどうだ」
「認めてない訳じゃねーよ。コイツが突っかかってくるから」
「はいはい」
「大体、傑が甘やかし過ぎなんだよ」
「つい最近まで普通の世界で生きてたんだ。あまり厳しくするのも酷だろう」
「それが甘やかし過ぎっつってんの! コイツ呪霊見てもビビんないし、大丈夫だろ。次の訓練からもっとしごいてやろーぜ」
「...まあそれは一理あるな」

苗字本人が気づいているのかは分からないが、呪術師として抜きん出た才能を持ち合わせているようだ。夏油は非術師の家系生まれとして彼女を気にかけていたのだが、もはやその必要はないかもしれないと思った。五条は自身の腕の中で目を閉じている彼女を見てニヤリと笑う。

「呪術師は人手不足だし、死なれちゃ困るからな。鍛えてやらないと」
「...ふーん? 相当気に入ってるな」
「馬鹿か。俺の優しさだ」

夏油の意味ありげな視線を向けられ、否定的になる。五条の機嫌が悪くなっても面倒なので、夏油はそれ以上の追求はしなかった。彼らは帳を下ろしたまま補助監督の元へ向かった。

苗字は高専に着いても目を覚まさなかった。五条は共有スペースに放置するつもりだったが、気まぐれで彼女を抱き上げたまま部屋に運んでやることにした。隣の夏油が笑っていて腹が立ったので、蹴りを入れようとしたら自室に逃げられた。
普段見下ろしてばかりなので、これほど近くで苗字の顔を見るのは初めてかもしれない。白い肌に長い睫毛、桜色の唇。穏やかな寝息をたてる様子は、普段の勝気な彼女とはかけ離れている。

「黙ってれば可愛くなくはない...かもな」

誰もいない廊下で五条が呟いた。いつもこれくらい静かでいいのに、と悪態をつきながら苗字の部屋のドアを開ける。
自宅からは最低限の物だけ持ってきたらしい。女にしては簡素な部屋だな、というのが五条の感想だった。机の上に置かれた指輪と腕時計が目に入り、少し胸が痛む。彼が見たこともないような指南書もいくつか積み上げられていて、勉強熱心だなとも思った。ベッドの上に寝かせてやろうとすると、苗字の声が聞こえた。

「...ん、ごじょ、う?」
「やっと起きたか」

五条が顔を覗き込むと、瞬時に状況を理解した彼女は暴れだした。

「はっ!? 近いって!!!下ろせ!!!」
「わざわざ運んでやったってのに!」

ムカついたのでベッドに放ってやった。苗字の身体が布団の上で跳ねる。五条は廊下に出る際、やっぱ可愛くねえ、と呟いたが本人に聞こえることはなかった。

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