粒粒辛苦

苗字が高専に入学して数日が経ったある日、夜蛾に呼び出された。
二人は空き教室の椅子に腰掛けている。夜蛾は書類をまとめたファイルから一枚抜き取って手渡した。

「名前の親族について色々調べさせてもらった」
「い、いつの間に...」
「黙っていて悪かったな。だが面白いことが分かった。オマエの祖父も呪術師だったようだ」
「え、じいちゃんが...」

黄ばんだ紙には祖父の名前と白黒の顔写真が載っていた。記憶よりも随分と若いが、面影が残っている。そのすぐ下に構築術式という文字がある。

「古い任務の記録がいくつか残っていた。それと途中で引退したという報告書も見つかった」
「引退とかあるんですか?」
「呪術師ってのは負担が大きいからな。そう珍しいことじゃない。報告書によると、非術師との結婚を機にこちらの世界と縁を切ったそうだ。息子は見えない体質なのに、孫に術式が引き継がれたのは予想外だっただろうな」

確かに、祖母も父も呪霊は見えていなかった。自分のせいで、祖父を再びこの世界と繋げてしまったことに罪悪感を抱く。そして初めて日本刀を握った日のことを思い出した。

「あー...小さい時に一度だけ術式を使って怒られたことがあります」
「きっと危険な世界に足を踏み入れて欲しくなかったんだ。だが、名前はそれを望んでここにいる」

夜蛾の視線が苗字に刺さる。試されているのだろうか。彼女は強い意志を持って答えた。

「祖父には申し訳ないですけど、もう決めたことなので辞めませんよ」
「良い覚悟だ。さっそく訓練に入るか」
「何をすればいいですか?」
「一つ目はこの指南書を読むこと。オマエが受け継いだ構築術式の扱いが載っている」
「古いし分厚い...」

年季が入っているのは表紙を見ただけで分かった。いくつかページをめくり中を確認すると、少しの図と長い文章が目に入る。難しそうな本に目眩がしそうだ。

「高専で保管されているものだから大切に扱うように。二つ目はこのクマと過ごすこと」

可愛いのかそうでないのか微妙な顔をした熊のぬいぐるみ。夜蛾はそれを苗字の前の机に置いた。

「...何ですかこのぬいぐるみ」
「呪骸というんだが...まあその辺は今後授業でやるから大丈夫だ。コイツを使って呪力のコントロールを身につけてもらう」

苗字が興味本位でそのクマを持ち上げると、なんとそのクマは腕を振り上げた。硬い拳が彼女の顔にクリティカルヒットする。

「ぐえっ」
「呪力を一定量流し続けないと殴られるから気をつけろ」
「先に言ってください。要はずっと力を込めとけばいいんですね?」
「まあそんな感じだ。もし感覚が掴めなかったら他の一年生にでも聞いてくれ。部屋でも教室でも手放すなよ」
「...風呂はどうしましょう」
「まあ誰かに預かってもらうといい。ほんの数日間だからな。呪力のコントロールを身につけたらすぐ次に移行する」
「まさか、身につけるのに手こずったらその期間長引くんですか」
「そういうことだ。早く手放したいなら早く覚えろ」

なんとしてでも早く身につけないと。四六時中この危ないクマと一緒なのはさすがに困る。妙な危機感に焦った彼女は、ひとまずクマを抱いたまま教室を出た。黒い和装にクマという組み合わせは実にアンバランスだ。
どこかに指南書をゆっくり読める場所がないだろうか。そう思って校舎を歩き回っていると、見覚えがありすぎる男に遭遇した。彼は独特な青い目を細め、クマを指さして笑った。

「オマエそこから始めんの?」
「仕方ないだろ。この前まで一般人だったからな」
「えー弱っちいなあ」
「今に見てろよ。この白髪野郎」
「シラガじゃなくてせめてハクハツか銀髪って言え」
「銀髪は図々し、ぐあっ」
「ははッ! 殴られてやんの!」
「コイツっ」

五条の挑発に乗せられ、苗字は心が乱れたらしい。早速クマに殴られた。五条が笑っていると、残りの同級生たちもやってきた。

「悟、揶揄うのはやめてやれよ」
「大変そうだねー名前」
「助けて二人ともー!」
「おい!」

苗字は他の二人の方へ逃げる。それを見て文句を言う五条。家入も夏油も二人のやり取りの幼さに笑ってしまった。

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