百鬼夜行:下

 12月24日。夏油傑による百鬼夜行の当日。五条宅で透と恵が留守番をしている。悟と名前は前日から高専で待機中だ。
 先程、恵は透にせがまれて玉犬を2匹出した。動物が好きな透は式神と分かった上でも優しく撫でるので、恵としても気分が良い。透は玉犬達の毛並みを整えながら口を開いた。

「お父さんとお母さん、いつ帰ってくるかな」
「どうだろう。今回はさすがに遅くなるかもしれない」
「そっか」

 透は特に嫌がる様子も見せずに相槌を打った。無理をしていないか心配になった恵は確認するように尋ねた。

「透、寂しくないか?」
「大丈夫だよ。めぐみくんもいるし、しきがみも一緒だから」
「偉いな」

 恵の言葉を聞いて透は嬉しそうに頷いた。玉犬達も大きく尻尾を振って擦り寄る。恵が五条夫妻に子供ができたと聞いて衝撃を受けたのはつい最近のような気がするが、いつの間にか彼らの息子は聡明さを身につけて立派に育っているようだ。恵は透の将来を楽しみに思うと同時に、自分が呪術を教える立場になるかもしれないと想像を膨らませるのであった。

___新宿では予告通り大量の呪霊が放たれていた。夏油一派と思われる呪詛師も散在している。集められた術師達は個々で動いて片っ端から呪霊を祓っている状況だ。京都も恐らく同じような光景が広がっているのだろう。
 名前は呪霊を斬り倒しながら首謀者である夏油傑の姿を探しているが、一向に見つけられない。

「どこからでも湧いてきやがって! 」

 等級でいえば大したことがないはずの呪霊達だが、如何せん数が多い。名前は奥歯を噛み締めながら刀を振るった。目先の呪霊を一掃した時、後方の悟から呼び声がかかった。

「名前! 僕は今から高専に行くから、こっちは頼んだ!」
「任せろ!」

 名前が叫ぶと悟は術式を使って移動した。恐らく夏油は高専にいるのだろう。夏油一派が高専で合流する前に捕らえた方が得策だ。名前は早速現場を駆け回って呪霊を斬り刻みながら呪詛師の影を追った。


___百鬼夜行開始から長い時間が経った頃。新宿の術師達に折本里香の完全顕現と夏油傑の死亡の通達があった。夏油一派には早い段階で逃げられてしまった。残った呪霊を片付けて、無事に百鬼夜行を食い止めることに成功した。

 高専に戻ってきた名前は悟の姿を探した。外は残穢の取り調べや建物の復旧作業の相談等で騒がしい。職員室を覗いてもいなかったので、名前は廊下を足早の進みながら他の心当たりを探した。すると向かいから白衣姿の友人、家入がやってきた。

「名前じゃないか。今日はお疲れ様。怪我があるなら治すよ」
「ありがとう。大きい怪我はしてないから大丈夫だ。それより悟を見てない?」
「五条なら遺体安置所にいるはずだ」
「分かった。行ってくる」

 名前は頷くとその場から駆け出した。家入の目の下のクマが普段よりも一層暗いことには気づいていた。禁煙したはずなのに煙草の香りを纏っていることも。悟が遺体安置所にいる理由など、考えなくとも予想できる。
 扉を開けると静まり返った空気の中で悟が壁際の椅子に座っていた。素顔を晒している彼の視線は床に向けられたままだ。名前は部屋の中央の台に歩み寄った。横たえられた遺体には白い布がかけられていて、右肩の辺りが窪んでいる。残穢を感じるので戦いのさなかに欠損したのだろう。いつぞやの灰原の姿と重なった。久方ぶりに見た旧友の顔は安らかな表情を浮かべている。名前がぽつりと零した問いが重々しい沈黙を破った。

「決着はついたのか」
「全部、終わらせたよ」
「...お疲れ様」

 これ以上かける言葉が見つからなかった。学生時代、2人で最強を名乗っていた親友を手にかけた彼の胸中は誰にも計り知れないだろう。名前は静かに悟の隣の椅子に腰を下ろした。互いの肩がほんの少し触れる。自宅以外で悟が無下限を解いているのは珍しいことだった。

「...遺体の処理は硝子以外の奴に頼むことにした」
「ああ。それが良いと思う」

 悟の小さな声に、名前は優しく頷く。彼らは暫くその場を離れることはなかった。

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