百鬼夜行:上

 日が落ちてから随分時間が経ち、悟はやっとのことで帰路についた。任務でもない日に帰宅が遅くなるのは珍しいことだった。
 セキュリティの整ったエントランスを通り抜け、エレベーターに乗り込む。目的の階数に到着するまでの間がもどかしい。家族に会いたいという気持ちを膨らませ、彼は玄関の扉を開けた。

「ただいまー」
「お父さんおかえり!」

 悟の声を聞きつけてリビングから飛び出してきたのは息子の透だった。抱き上げたい衝動を抑えつつ靴と上着をさっさと脱ぐ。

「透、起きてたんだ! もしかして待っててくれた?」
「うん! お母さんも待ってるよ」

 透は楽しそうに悟の手をぐいぐいと引っ張ってリビングに連れていく。扉を抜ければ夕食の良い匂いが悟の鼻腔をくすぐった。キッチンに立っている名前が柔らかい笑みをみせる。

「おかえり。ご飯温め直すから待ってて」
「おっけーい」

 返事をした悟は荷物の片付けをして目元を覆っている包帯を解いた。顕になった目は瞳の色こそ違うものの、親子揃ってくっきりとした二重で長い睫毛に囲まれている。透の髪色は名前に似たようだが、身長はどうだろうか。名前と悟が密かに抱いている疑問だが、判明するのは当分先のことだろう。
 料理はすぐにダイニングテーブルに並べられた。今日のメインはハンバーグだ。悟はきちんと手を合わせてから箸を持つ。すると透が隣の椅子に座り、胸を張って言った。

「お父さんのやつね、僕が作った」
「えっ、すごいじゃん! 最近お手伝い頑張ってるね」
「いっぱいお手伝いしてたらサンタさんが来るよってせんせーが言ってたんだ」
「そっかそっか。透は良い子だから絶対来てくれるよ。プレゼントは何を頼むの?」
「へんしんベルト! 」
「あの回せるやつか! 届いたらお父さんにも見せて」
「わかった!」

 食卓で悟と透の会話が盛り上がる。一方で名前はクリスマスプレゼントの用意をしなくては、と計画を練るのであった。


___夕食を終えると悟は風呂場へ向かった。遅くまで待っていた透は眠気が襲ってきたようで、ソファに座ったまま船を漕いでいる。名前はなんとか部屋に連れていきベッドに寝かせた。彼女がリビングに戻ってくると、悟も丁度風呂から上がってきた。いつもならこのまま2人でドラマや映画を観るのだが、悟は真剣な面持ちで口を開いた。

「名前、大事な話があるんだけど」
「ん。お茶かカフェオレいる?」
「ココアがいい」
「分かった分かった」

 名前は早速2人分のマグカップを用意した。ソファにどかりと腰を下ろした悟は何やら書類を漁っている。仕事関係の話だろうか。名前は片方のココアを差し出し、彼の横に座った。

「何かトラブルでもあった?」
「...今日の昼間、傑が高専に来た」
「は...、すぐるって、夏油傑?」
「うん。新しい仲間達と一緒だった。12月24日、新宿と京都に千の呪いを放つって宣戦布告された」
「んな無茶苦茶な...」
「アイツは本気だよ。当然高専も総力をあげて挑むことになった。名前も新宿で戦ってほしい」
「勿論参戦するよ。だけど透を1人で留守番させるのは...」

 名前が心配そうに言う。今までの任務はどちらか片方が家に居られるように調整をしてきたが、今回ばかりはそうもいかない。躊躇っている彼女を見て、悟はひとつ提案をした。

「恵に頼もう。長期戦になりそうなら泊まってもらえばいいし」
「...それが一番安心だな。透には何て説明しようか」
「正直に話せば分かってくれるさ。あの子は僕に似て頭が良い子だからね」
「うっわ」
「まあ、透も術師の血を引いてるんだ。納得してくれるって」

 悟はあまり気にした様子はない。名前の心配が完全に無くなったわけではないが、呪術師の家系出身の彼の言い分を信じることにする。思い返せば幼い日の恵も聡い子供だった。名前は内心で親って難しいな、とぼんやり考える。
 2人の会話はそのまま24日の作戦会議へと移行していった。

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