波乱万丈

___呪霊が一般人の住居を襲撃した。
緊急でそのような任務を受けて現場に駆けつけたはずなのに、呪霊は見当たらない。五条は覚えのない残穢を見て顔を顰め、夏油に話しかける。

「あ? 全部祓われてんじゃねーか」
「そのようだね。私たちより先に誰か来たのかもしれない」

室内はどこを通ってもガラス片が散らばっている。廊下から壁をぶち抜かれたリビングは血溜まりになっており、原型を留めていない肉塊が転がっていた。奥に何かを見つけた五条が声を上げた。

「傑! 向こうに日本刀持ったガキが倒れてる」
「まさか、その子が祓ったのか?」
「分かんねーけど。術式は使えるっぽい」

五条は駆け寄り、特殊な青い目で少女を捉える。夏油がしゃがみこんで呼吸を確認すると、そのまま抱き上げた。制服は破け、血が染み込んでいる。

「まだ息はある。高専で保護した方が良さそうだな」
「こんな得体の知れないガキを保護だと?」
「凶器を持たせたまま放置もできないだろう」
「まあそうか。...そこの死体はどうする? 原型留めてないけど、多分コイツの家族だろ」
「...せめて携帯か腕時計だけでも持ち帰っておくか」
「了解」

手が塞がっている夏油の代わりに、五条が肉塊のそばにあった指輪と腕時計を手に取る。さらに日本刀も回収し、二人は補助監督の元へ向かった。

___ところ変わって、苗字が目覚めると、泣きぼくろが印象的な大人びた少女に声をかけられた。

「あ、起きた?」
「えっと...どちら様ですか?」
「私は家入硝子。アンタは苗字名前で合ってる?」
「は、はい。合ってます」
「同い年だし、そんな畏まらなくていいよ」
「家入さんも高一!?」
「そ。硝子でいいよ。先生呼んでくるから待ってて」

家入が退室すると部屋は静まり返った。苗字はベッドの上に座ったまま部屋を見渡す。自分はどこに運び込まれたのだろうか。普通の病院とは異なる内装に不安が募る。
数分後、家入は屈強な男性を連れてやってきた。苗字は思わず姿勢を正す。彼は横の椅子に腰掛けて話を始めた。

「ここの教師をしている夜蛾正道だ。いきなりですまないが、君にいくつか質問がある」
「なんでしょうか」
「まず、君が気を失う前のことをできるだけ詳しく話して欲しい」
「気を、失う前...。あっ、え、お母さんとお父さんは!?」
「...担当者によると現場は悲惨な状態だったそうだ。回収できたのはこれだけだ。申し訳ない」

手渡されたのは父の腕時計と母の指輪。彼女はそれが何を意味しているのか、言われずとも分かった。

「う、そ...じゃあ二人は...」
「...本当にすまない。辛いかもしれないが何があったか思い出せるか?」

苗字の記憶が徐々に思い起こされる。ゆっくりと、できるだけ正確に、自分の生い立ちも交えながら話し始めた。妙な生き物に襲撃されたことと、窓ガラスが割られ両親が倒れたのは覚えている。そこからの記憶は視界に映る赤と不快な臭いばかり。無我夢中で暴れていた気がする。そして、目覚めたらここにいた。
苗字の話が終わると夜蛾が一般人にも分かるように説明を始めた。呪い、呪霊、呪術師、術式、呪術高専。どれも聞きなれない言葉だったが、苗字は頭に叩き込む。どうやら自分は無意識のうちに構築術式というものを使って呪霊とやらを祓ったらしい。そう理解すると、ため息と共に呟いた。

「私は...これからどうしたらいいんでしょうか」
「君自身はどうしたいんだ。備わった特殊な力を生かすも殺すも、君の自由だ」
「...呪いのせいで、大勢の人が死んでるんですよね」
「ああ。呪いによる被害は全国で数えられないほど起こっている」

苗字は拳を握りしめる。その瞳には鋭い光が宿った。

「私は怪我をしたり、死ぬのは嫌です」
「...そうか。なら、」
「でも、殺されそうな人を見て見ぬふりをするのも嫌です。自分も他人も死なないように、強くなりたいです」
「呪術師になればいつ死んでもおかしくない。悔いのない死を迎えるヤツはいない。中には今回のように救えないこともある。それでもいいか」
「はい。嫌いな自分になりたくありません。強い呪術師になりたいです」
「合格だ。ようこそ、呪術高専へ」

夜蛾は苗字と握手を交わし、部屋を出ていった。そして二人のやり取りを見守っていた硝子が声をかける。

「やるじゃん名前」
「ありがと、硝子」
「寮に案内するからおいで」

苗字はベッドから降りて家入の後ろをついていった。この日を境に彼女の人生は大きく変化することとなる。

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