勇猛果敢

___昔から苗字は妙な生き物が見える体質だ。家族や友人に話しても気味悪がられるばかり。しかし、唯一祖父だけは同じようなものが見えていた。
幼い頃はよく祖父の家に預けられていたので、彼女は妙な生き物を見かける度に祖父に駆け寄った。

「じいちゃん、また外に変なのがいる」
「いいか名前。ああいうのを見ても無視しなさい」
「どうして?」
「中にはこちらから見えていると分かったら襲ってくるものもいるんだよ」
「見ないふりしたら大丈夫なの?」
「そうだ。絶対目を合わさない、近づかない、他の人に言わないこと。覚えておきなさい」
「はーい」

祖父が亡くなってからも言いつけを守り、誰にも相談することなく平穏に過ごしてきた。
父の転勤が決まり、中学を卒業してからは東京に住み始めた。人の多さにはもちろんだが、何より街中に"妙な生き物"が溢れていたことに驚かされた。田舎で見かけるものよりも随分と禍々しく、不気味だ。

都内の高校に入学して、中学から続けてきた剣道部に入り友達も増えた。それなりに楽しい生活を送っていたが、日常は突然終わりを告げた。その日は部活が休みだった。友達と寄り道をして帰りが遅くなり、偶然いつもと違う道を通って帰っただけ。それなのに、彼女は不運にも肥大した妙な生き物に遭遇してしまった。

「オマ、ぇ、オまエ...ミ...エてる、るル...」
「喋っ...た」

不気味な塊は半開きの裂けた口から言葉を発した。今まで苗字はこのように知能があるものに出会った事がなかった。あまりの衝撃に立ち止まってしまう。その塊は飛び出した三つの目をぐるりと動かして飛びかかった。

「...っ!! 誰か!!」
「マて、マてぇえ、マテえぇぁあえ」

苗字の後ろから叫び声が聞こえる。彼女は薄暗い路地を全力で走り抜け、自宅を目指した。明るいところに行けば助かるのではないか。希望的観測を頼りにするが、最悪の結果を呼ぶことになった。

扉を乱暴に開けて飛び込むと、腰が抜けて座り込んだ。両親が娘の様子に異変を感じ、玄関までやってくる。その瞬間、苗字の頭の上を何かが掠めた。背後のガラスが割れる音が響く。廊下の奥からは鈍い音と呻き声。立っていた両親が突き飛ばされたのだ。彼らから流れ出る液体が、床を赤く染め上げている。振り返ると、先程の塊が不気味な笑顔で佇んでいた。どうやら体から生えた触手のようなもので攻撃したようだ。苗字は頭が真っ白になった。コイツは何者なのか。逃げられない。両親は無事なのか。どうしよう。死にたくない。殺される。そう思った時、彼女の中で走馬灯のように祖父の記憶が駆け巡った。

___祖父の家には日本刀があった。物語でしか知らなかった代物は、美しさと強さを象徴しているかのようで、幼心にも惹き込まれた。
いつだったかもう思い出せないが、一度だけ祖父に内緒で触ろうとして、こっぴどく叱られたことがある。散々泣いた挙句、部屋の隅で縮こまっていると、いつの間にか手に硬い感触があった。日本刀を握っていたのだ。自分で持ち出した記憶はない。今まで座り込んでいたのだから当たり前だ。わけが分からないまま、とてつもない疲労感が襲ってくる。苗字が意識を手放す前に、祖父がものすごい剣幕で肩を揺さぶった。

「名前! 名前! 二度とその力を使うんじゃない!」

それ以来、不思議な現象は起こっていない。というより起こし方が分からなかった。夢だった気がして、今まで記憶の奥にしまい込んでいたのだ。

___あれは夢じゃなかったんだ。

苗字はこの瞬間確信を持った。自分の中で憧れていた物を強く思い浮かべると、手にはあの日のように日本刀が現れた。口に鉄の味が滲むが、構っている暇はない。

そこから先は無我夢中で刀を振り回した。自分の戦い方が不格好なのは分かっていたが、触手を斬り落とすのに必死だった。飛び出した目、裂けた口、無駄に大きな体を順番に斬る。斬らなければ、殺される。警報のように訴えかける本能のままに暴れ回った。

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