不撓不屈

同級生がひとり欠けてもなお、呪術師として生きる日常は変わらなかった。五条、家入と共にゴミ袋を抱えて彼の部屋を掃除したのは苗字の記憶に新しい。しかし時が経つのは早いもので、いつの間にか冬を迎えていた。

___今回の任務先は関東のとある霊園だ。先程まで降っていた雪が辺りに少し積もっている。苗字は白い息を吐きながら、隣を歩く後輩に楽しそうに声をかけた。

「七海、任務終わったら記念に雪だるま作ろうぜ」
「おひとりでどうぞ。先に車で待機しています」

七海がぴしゃりと言い返すが、苗字は特に気を悪くすることなくケラケラと笑った。彼はそう言いながらも最終的には誘いに応じる人間だと分かっているからだ。
数ヶ月前まで、七海は基本灰原とペアを組んで任務をこなしていたが、例の土地神任務以降は苗字と組むことが増えた。苗字は七海と会う度に血の気の引いた顔色を心配していたが、最近は随分とマシになったように思える。しかしそれでも、時折疲れきった表情でどこか遠くを見つめていることがある。苗字は七海まで別の道を歩むのではないかと気がかりだった。

両脇に立ち並ぶ墓石を横目に階段を登っていく。小高い丘の頂上に近づくにつれて強い呪力が感じられる。階段の終わりが見えた時、七海が立ち止まった。

「...苗字さん」
「いるね。なるべく墓を壊さないように暴れようか」

顔を見合わせ最後の段を踏むと、目の前に巨大な呪霊が現れた。人型の頭部から生える木の幹のような太い首が丸く膨れ上がった胴体を繋いでいる。それを支えているのは筋肉質な6本の脚。だらりと垂れ下がった黒髪の隙間から大きな目玉と裂けた口が覗いた。

「ウうぅ、さみしぃ...ょォ...さみじ...ぃぃいおおおおぉぉお」

呪霊が雄叫びをあげた瞬間、周囲の温度が急激に下がった。足元に呪力を感じた苗字達が咄嗟に地面を蹴ると、立っていた地面から鋭利な氷柱が現れた。動かなければ串刺しにされていただろう。

「氷を操る術式...でしょうか。厄介ですね」
「七海は脚から切り崩してくれ。私は上からやる」
「了解です」

七海は地面から不規則に生える氷柱のトラップを避けながら敵との距離を詰めた。術式を用いて脚を切り崩す。呪霊の体表から生えた氷柱でいくつか傷を負ったが、幸い致命傷ではない。彼は残りの5本を切り落とすべく立ち回った。

一方苗字は呪霊の首から頭部に斬りかかっていた。七海のおかげで身体を傾けた呪霊には刃が届きやすい。しかし、いくつかの攻撃は氷柱で相殺され、思うようにダメージを与えられていない。
その上凍えるような寒さで刀を握る手が痛む。呪霊が徐々に周囲の温度を下げているようだ。

彼女はこのままではまずいと思い、持っていた刀を呪霊の首に突き刺した。そして新たに木刀を構築し、ありったけの呪力を込めて刀の柄を楔の代わりに叩いた。
その瞬間、黒い火花を散らして呪霊の首が弾け飛んだ。

「ハハッ! ちょー気持ちいい!!」

偶発的なクリティカルヒットに爽快感を覚え、苗字の気分は高揚した。
呪霊の身体の方を切り刻んだ七海が彼女の元に歩み寄る。

「苗字さん、お疲れ様です。こちらも終わりました」
「な、ななみっ、七海! 今の見たか!?」
「見ましたから、まずは落ち着いてください」

七海はいつも以上に落ち着きがない彼女を見て、ハイになっているのだなと納得した。苗字は顔を赤くして興奮を抑えきれない様子で言葉を続ける。

「さっきのやばくなかった? 威力が桁違いだったし!」
「上手いこと黒閃が発動したんでしょう」
「あっ! これが黒閃か! 後で冥さんに報告し、うぉっぁ!?」

言いかけた途中で突然苗字の膝がガクンと曲がった。地面に倒れる前に七海が支えてやる。

「ったく、しっかりしてください。大丈夫ですか」
「ごめんごめん。何か急に力抜けた。呪力使いすぎたかな」
「肩を貸しますから、車まで頑張って歩いてください」
「ありがと七海」

ようやく落ち着いた苗字は礼を言って彼の肩に腕をかけた。2人は来た時よりもゆっくりと階段を下っていく。霊園は元の静けさを取り戻し、雪を踏む音がやけに大きく聞こえた。
ふと、苗字は自分の意思に反してふらつく足取りに呆れてボヤいた。

「あー、1級になるならこれくらいでへばってたらマズイよな」
「昇級審査の話でも来てるんですか?」
「それがさーまだ来てないんだよね。でもいつか絶対1級になってやるんだ」
「志が高いですね」
「まあな!」

苗字はニッと歯を見せた。七海は皮肉めいた言い方をしてしまったのではと一瞬不安に駆られたが、どうやら相手は気にも止めていないようだ。呪術界で名高い同級生達に囲まれてもなお上を目指す彼女の姿は、七海の瞳にはどこか眩しく思えた。
そんな風に思われているとは気づいていない苗字は明るい顔で話題を振る。

「オマエこそ、そろそろ昇級の話が来てもおかしくない時期だろ」
「どうでしょうか。...あまり興味はないですね」
「何だよそれー」

苗字が不思議そうに首を傾げる。
七海は向上心のある彼女に対してこんな事を言ってもいいのかと思いつつも、腹の底に溜まっていた本音を零した。

「... ...この先呪術師を続けるかどうか、分からないので」
「まあ...こんな世界だしな。時間はあるからゆっくり考えて結論を出せばいい」

彼女が柔らかに言った。やる気がないと叱る訳でもなく、やめるなと引き止めるでもないその反応が七海とっては有難く感じられた。

階段を下り終えた時、七海の肩を借りて歩いていた苗字が急に立ち止まった。彼が訝しげに見つめると、先程とは打って変わって元気な声が返ってくる。

「あっ雪だるま! 作ってない!」
「殆ど溶けているので、雪だるまを作れるほど雪はないですよ」
「いや、かき集めたらいける。信じろ七海」
「はぁ...。ではせめて他の人の邪魔にならない所に飾ってください」
「お? やる気になった?」
「そうでもないです」

苗字は七海の肩からするりと腕を外し、その場に座りこんで雪を集め始める。作業は当然素手だ。その様子を背後で眺めていた七海は携帯電話を取り出して、補助監督にタオルとカイロの準備を頼むメールを送信した。

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