千思万考

炎天下のグラウンドで苗字は稽古に勤しんでいた。黒い道着を纏っているおかげでジリジリとした日差しが余計に暑く感じられる。
彼女は深呼吸してゆっくりと鞘から刀を抜いた。数メートル先に立てた木製の的に狙いを定め、手元に呪力を込める。刀を大きく一振すれば、文字通り飛ぶ斬撃が前方に放たれ、木製の的は盛大な音と共に砕けた。苗字は地面に転がる残骸に目を向ける。

「遠距離攻撃も良い感じだな。も少し威力があってもいいけど...」

まだ改善の余地がありそうだ。ぶつぶつと呟きながら刀を鞘に収める。すると後ろから女性の声がかかった。

「君、なかなか良い腕をしてるね」
「...! あ、ありがとうございます」

苗字が振り返ると見知らぬ女性が立っていた。色素の薄い長髪を風に靡かせ、黒いタンクトップから惜しげも無く白い腕を晒している。高専内で見かけたことがないので来客だろうか。苗字が尋ねようとする前に、女性が笑みを浮かべて口を開いた。

「どんな男がタイプかな?」
「タ、イプ??」
「男の好み、何かあるでしょ? 女でもいいよ」

彼女が気を利かせて付け加える。初対面の人物に突拍子もない質問を投げられ戸惑う苗字であったが、何と答えようかと律儀に思考を巡らせる。そこで真っ先に頭に浮かんだのは五条の姿だった。なんだか負けたようで悔しい気もしたが、彼の容姿を伝えた。

「背が高くて白い髪と青い目が綺麗な人、とか...?」
「...ほう、具体的だね。五条君みたいな感じかな」
「え、あ、五条のこと知ってるんですか!?」

まさか言い当てられると思っていなかった苗字は目を丸くした。その反応を見た女性が楽しそうに口角を上げる。

「彼は呪術界の有名人だからね。それに私と同じ等級だし」
「同じってことは...特級術師!?」
「そうか、まだ名乗ってなかったか。私は九十九由基。よろしくね」

九十九が改めて自己紹介をして右手を差し出す。苗字は握手に応じながら会釈をした。

「3年生の苗字名前です。よろしくお願いします」
「五条君と夏油君の同級生か! 丁度良かったよ。今日は彼らに会いに来たんだけど、どこにいるか知らない?」
「すみません、五条は任務で留守なんです。夏油なら校舎に入れば会えると思います」

苗字はグラウンドの後方に見える校舎の入口を指さした。五条は留守だと聞いても九十九は気を悪くすることなく、明るい表情で礼を言った。

「ありがとう、探してみるよ」
「案内しましょうか?」
「ん、大丈夫だよ。練習の邪魔をしてすまなかったね」
「いえいえ、そんなことないですよ」
「タイプも聞かせてくれてありがとうね」
「そ、それは忘れてください」

苗字は恥ずかしさを誤魔化そうと苦笑いを浮かべる。九十九は揶揄うように、うぶだねと言い残して校舎の入口へ向かった。彼女の足取りはどこか上機嫌のようにも思えた。


___その後も苗字はグラウンドに留まって素振りなどを続け、切りが良いところで稽古を終えた。木製の的の残骸を余すことなく回収してグラウンドを元通りにするのも忘れない。
後始末を終えて一息つくと、稽古で動き回った分もも相まって大量の汗をかいていた。タオルで拭っても不快感が残るほどだ。彼女はシャワーを浴びる前にスポーツドリンクを買おうと、自販機のある共有スペースへと足を運んだ。
するとそこには既にソファに座ってテレビを見ている先客がいた。

「あ、苗字さんこんにちは! 稽古お疲れ様です」
「ありがと! あ、灰原も何か飲む?」
「さっき夏油さんに奢って貰ったので大丈夫です!」
「うわ、アイツに先越されたか」

せっかく先輩風でも吹かせようかと思ったのに、と苗字はケラケラ笑って自分のスポーツドリンクを購入した。テレビ番組がCMに切り替わり、灰原が思い出したように口を開いた。

「さっき特級術師の方とお会いしたんですよ」
「ああ、九十九さんだな。灰原も会ったのか」
「はい! 好きなタイプを聞かれたので答えてきました」
「おおー! 灰原も聞かれたんだな。ちなみに何て答えたんだ?」
「沢山食べる子が好きって言いました!」
「いいね、灰原らしいや」

灰原は食べることが好きだ。食堂で大盛りの定食をあっという間に平らげておかわりする様子は苗字も何度も見かけている。彼女は素直に答える後輩を微笑ましく思った。
先に答えた灰原は好奇心につられて質問を返す。

「苗字さんはやっぱり五条さんって言ったんですか?」
「まあ...そんな感じ?」
「お熱いですねー!」
「ちょ、やめろって」

苗字は盛り上がる灰原の頭を手刀でぽこっと叩く。そして今の話が五条に伝わらないように口止めをしてからシャワー室へ向かうのであった。

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