試行錯誤

進級と共に任務が増え、3年生達は多忙な毎日を送っている。特級の五条と夏油はより危険度の高い任務に派遣され、出張で高専を空けることが多くなった。そして彼らが出払っている間、任務の殆どを苗字が請け負っている。3年生の中で家入だけが高専に留まっているが、彼女は治療や実験などで医務室に籠もってばかりだ。4人揃って休日を謳歌するような機会は減ってしまった。

___そのような状況下で珍しく休暇を手に入れた苗字は部屋の掃除をしようと思い立ち、近頃の任務で作りすぎてしまった刀を何歩も抱えて高専の武器庫へ向かった。
高専の隅にひっそりと存在する武器庫には唯の武器だけでなく億単位の値が着く呪具も納められている。そのため盗難を防ぐ厳重な扉があるのだが、彼女が職員室で鍵を借りようとした時は既に貸出中になっていた。先客は誰だろうかと思いながら苗字が厚い扉をゆっくりと開けて中に入ると、意外な人物の姿が見えたので目を丸くした。

「夏油が武器庫にいるなんて珍しいな」
「私もたまには試してみようかと思ってね。ところで、手に持ってるのは名前が作った刀かい?」
「そうだよ。部屋で何本も放置するくらいなら高専で共用した方が良いし、ここに置かせてもらってるんだ。夏油も使いたいならいつでも持ち出していいからな!」
「じゃあ1本借りようかな」
「どうぞどうぞ。折っても構わないから好きなだけ使ってくれ」

苗字は快く刀を手渡すと、残りの刀は所定の位置に綺麗に並べた。作業を終えたところで夏油の声がかかる。

「今から時間があるなら稽古に付き合ってくれないか? 刀の扱いは君の十八番だし」
「そこまで言うなら良いだろう、苗字流の弟子にしてやる」
「はいはい。嬉しいよ」
「おい、微妙な顔すんな」

___一旦部屋に戻った2人はジャージに着替えて稽古場に再集合した。苗字は夏油に刀の握り方から振り方まで丁寧に教えていく。飲み込みが早い彼は基礎を覚えるのにそう時間はかからなかった。最後の説明を終えた苗字が一息ついた。

「ざっとこんな感じだな。ちょっと我流入ってるけど、ベースは指南書で勉強した動きだから合ってる筈だ」
「ありがとう。基本は何とかなりそうだ。あと問題は実践で使えるかだね」
「実践ねえ...。流石に真剣は危ないし、木刀でやってみっか」

彼女は思いつくと同時に木刀を2本構築した。挑戦的な笑みを浮かべながら片方を夏油に投げて寄越す。それを受け取った夏油は木刀の硬さを手で確かめて眉を顰めた。

「大丈夫か? 怪我しても文句言うなよ」
「言っとくけど、木刀の扱いはオマエより自信あるからな!」
「そうかい。じゃあ遠慮なく」

互いに向き合って木刀を構えた途端、稽古場の空気が張り詰めた。目配せを合図として彼らの木刀がぶつかり乾いた音が響く。始め優勢なのは夏油だった。長いリーチを活かして次々に攻撃を加えていく。対する苗字はしなやかな手つきで往なす。彼女はやや押され気味の中、無防備になっている相手の腹部が目に止まった。受け身の姿勢からすかさず一撃をいれる。夏油が思わずよろめいたのを狙って足払いを決めた。彼の体躯が床に投げ出され、鈍い音を立てる。苗字は苦笑いを浮かべて見下ろした。

「あっぶねー! 負けるとこだった」
「名前には敵わないな。動きに追いつくので精一杯だったよ」
「馬鹿、そもそも初心者が木刀で捌けるのがすげえんだよ。涼しい顔しやがって」

彼女は額の汗を拭いながら隣に腰を下ろし、荒れた息を落ち着けて言った。

「なんか疲労感やばいな。久しぶりの対人戦だったからか?」
「最近一緒に訓練する機会も無かったしね」
「あー...。昇級したから当たり前なんだけどさ、皆一気に忙しくなったよな。4人揃うこと自体減ったし」

苗字は目を伏せた。賑やかな雰囲気を好む彼女にとって中々堪えるものだ。加えて一番多忙で高専を留守にするようになったのは五条だ。彼女の胸中を察したのか、夏油が控えめに尋ねる。

「悟とは、上手くいってる?」
「...だと思う。お互い忙しいから出かけたりは滅多にできなくなったけどな。ま、部屋で映画見たりゲームするのも楽しいよ」

膝を抱えた苗字の顔がほのかに赤みを帯びる。どうやらいらぬ心配だったらしい、と夏油は柔らかく笑った。

「そうか。幸せそうで何よりだよ」
「なんか恥ずかしいからやめろって。オマエはお母さんか?」
「悪いけど、じゃじゃ馬はこちらから願い下げだ」
「誰がじゃじゃ馬だアホ」
「何せ、益々悟に似てきたからね。口調とか特に」
「オッエー。別に似てねえし」
「ほら、そういうところ。名前も悟も言葉遣いには気をつけた方が良い」
「けっ。ママも前髪に気をつけなよ」
「言ってくれるじゃないか」

2人は稽古場に座り込んだまま軽口をたたく。気遣いを必要としない関係は居心地が良く、日々の緊張から解放されたようだった。窓から差し込む日の光が彼らを温かく包んでいた。

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