春和景明

澄んだ空の下、高専の敷地にある木々が桃色に染まっている。春が訪れたのだ。教室の窓から外の景色を眺めていた苗字は唐突に声を上げた。

「花見やりたい!!」
「良いね。最近暖かくなってきたし、見頃じゃないかな」

顔を上げ、窓に目を向けた夏油が頷いた。その後ろで五条と家入もいいんじゃない、と賛成のようだ。

___斯くして、苗字の提案により同級生達は桜の木の下に集まった。場所は高専の敷地内だが、一般的な花見の会場と比べても引けを取らない程立派な木々が並んでいる。当然他の客はいないので、五条が高専の倉庫から勝手に拝借してきたブルーシートをでかでかと広げて陣取った。早速シートの上にのった苗字は桜を見上げて満足気な様子だ。

「綺麗だなー!」
「名前、そこに立ってて。歌姫先輩に写メ送るから」
「え! じゃあ硝子も写ろうよ。五条、カメラよろしく」
「しゃーねえな。ほら、さっさと並べ」

五条は家入から携帯電話を受け取り写真を撮った。画面を確認すれば笑顔の苗字と家入の背景に上手い具合に桜が収まっている。我ながら良い出来だと思いながら携帯を返すと、彼女達も大いに喜んだ。夏油と五条も入れよ、という苗字の声掛けにより最終的には4人で写真を撮ったのだが、肝心の桜は画面外となってしまった。それでも良い笑顔が撮れたので各々記念に保存した。

ひと段落して、彼らは持ち寄った昼食に手をつけた。ブルーシートの上はファーストフード店の紙袋やコンビニの袋、2Lペットボトルや紙コップが散乱して無法地帯となっている。
ポテトをつまんでいた苗字はふと、小耳に挟んだことを思い出した。

「そういえばさ、新しい1年生が入ってきたんだって?」

彼女の質問に対し、夏油が答える。

「ああ、今頃灰原達と任務に行ってるはずだ。名前はまだ会ってないのかい?」
「それが全ッ然会わねーんだよな。どんな人?」
「真面目そうな男子生徒だったよ。挨拶もきちんとしてくれるし」

彼の返答を聞いて苗字は感心したのだが、途中まで黙っていた五条が横槍を入れた。

「真面目っつーか、弱そう。術師って感じが1ミリもねえ」
「よさないか悟。まだ入学したばかりなんだから」
「それにしてもチビ助が殴ったら折れそうなくらいガリだったじゃん」
「おい、その例えはやめろ」

苗字は心外な引き合いに出され、じとりとした視線を送る。自分はそこまで怪力じゃないと言いたいところだが、あまり否定はできないのも事実。彼女はそれ以上言及しないことにした。隣で缶を呷っていた家入が口を挟む。

「五条の言いたいことは分からなくもないけどね。入学早々怪我して私のとこに来たし」
「硝子も会ったことあるのか。私だけ顔も名前も知らないんだけど」

同級生の中でも苗字だけ接点が無いようで残念に思った。元々呪術師の家系なのか、そうではないのか。どのような術式を使う戦闘スタイルなのか。彼女はまだ見ぬ新入生を想像していたところ、後方から大きな声が聞こえてきた。

「こんにちはー! お花見楽しそうですね! お土産買ってきたんで良かったらこれも食べてください!」

声の主は灰原だった。彼に続くようにして七海と黒髪の男子生徒が顔を出す。夏油が土産の紙袋を受け取りながら労いの言葉をかけた。

「ありがとう。3人とも任務お疲れ様」

声をかけられた後輩達は揃って会釈をする。その中でも特に緊張した様子の人物を見ていた苗字はハッとして尋ねた。

「あ、もしかして後ろにいるのって1年生?」
「そうですよ! 伊地知、こっちに来なよ」

灰原に促されて、1年生がおずおずと前に出る。黒髪で黒縁の眼鏡をかけた大人しそうな人物だ。苗字は失礼だと分かっていながらも、確かに細身で折れそうだと思った。しかし、夏油の言っていた通り礼儀正しい性格のようで彼は綺麗な角度で頭を下げた。

「は、初めまして、今年から入学した伊地知潔高です。よろしくお願いします」
「私は3年の苗字名前。よろしくな!」

苗字が手を差し伸べて握手を交わした。伊地知の手に傷跡やマメはもちろんなく、武器を握るよりもタイピングなど事務作業が得意そうだ。今後組手でみっちり扱いてやろう、と彼女は心の中で先輩風を吹かせた。そのためにはまず親睦を深めなければいけない。そう考えた彼女は快活な笑みを浮かべた。

「3人とも、靴脱いでシートに上がって! まだお菓子とか色々残ってるし、花見の続きしよう!」
「いいんですか!? おじゃましまーす!!」

灰原が大喜びで3年生の輪に加わると、七海と伊地知も後に続いた。気を利かせた夏油が紙コップを配る横で、五条は灰原が持ってきた土産の袋に手をつける。中身を確認した途端に彼は子どものように声を上げた。

「ずんだ生クリームじゃん! 灰原分かってんな!」
「私も欲しい! 1個とって」
「悟、私の分も」
「へいへい。硝子も食う?」
「ん、私は後でもらうよ。今はしょっぱいのがいいかな」

家入が手にしていた缶を見せつけると、同級生達は納得して傍にあったスルメの袋を投げつけた。3年生はその光景に慣れきっているが、伊地知はまずいものでも見たかのように戸惑いながら七海に尋ねた。

「あ、あの...家入さんが持ってる缶って...」
「伊地知君。世の中には深く突っ込まない方がいい事が多々あります」

どこか遠くを見つめる七海。伊地知はその横顔をから何かを察し、大人しくジュースに口をつけた。

その後、五条と苗字の間で始まった土産争奪戦が勢いを増し、最終的には全員参加の組手大会にまで発展した。おかげで夜蛾に見つかり、全員桜の木の下で正座をさせられたのだとか。
麗らかな春の1日が過ぎていった。

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