露往霜来

交際を始めた五条と苗字は互いの部屋を出入りする回数が増えた。当然同じ寮で過ごす高専生はその様子を目撃するので、彼らの関係が進展したという情報は瞬く間に広まった。初めこそ散々同級生達にからかわれたが、公衆の場で甘ったるい雰囲気を醸し出す2人でもないため、今ではすっかり馴染んでいる。

今日は五条の部屋で映画鑑賞中だ。テーブルの上にはジュースやお菓子が広げられている。エンディングまで見届けると苗字が先に声を上げた。

「これ面白かったな! 確か続編が公開中だったよな」
「らしいな。来週にでも見に行くか?」
「行きたい! 私は特に予定無いし、五条の日程に合わせるよ」
「じゃあ次の木曜の放課後。平日の方が人も少ないだろ」
「分かった。映画館とか久しぶりに行くし、めちゃくちゃ楽しみになってきた」

苗字の笑顔を見て、五条は揶揄うように言った。

「しかも初デートだからな」
「おいやめろ、恥ずかしいだろ」
「ハッ、何照れてんだよ」
「鼻で笑うな!」

苗字はどうも恋愛に不慣れで、恋人らしいことを意識すると未だに気恥ずかしいようだ。それを分かった上で、五条は相手の反応を楽しんでいるのであった。

___そして迎えた木曜の放課後。制服の袴から私服に着替えた苗字が廊下を歩いていると家入に遭遇した。

「名前、今から出かけるの?」
「五条と映画見に行くんだ」
「ああ、誕生日祝いか」
「誕生日? 誰の?」
「ん? 知ってて約束したんじゃないのか。今日は五条の誕生日だよ」
「初耳なんだけど!?」

苗字の驚きの声が廊下に響く。五条は意図して映画の予定を今日に指定したのだろうか。彼女の反応を見た家入は苦笑いをした。

「これ言ったらマズかったヤツかな。五条が何か計画立ててたらどうしよ」
「私が計画する方だろ!? プレゼントも何も用意できてないんだけど、どうしよう」
「映画の後に一緒に買いに行ったら? 欲しい物選んで貰いなよ」
「それ良いな! ありがとう硝子」
「どういたしまして。初デート、楽しんできな」

ヒラヒラと手を振る家入に苗字はおう、と返事をしてその場を後にした。

先に玄関口に着いた彼女は窓ガラスに映る自分の姿に目を向けた。新しく買ったショートブーツのおかげで、いつもより身長が高く見えて満足だ。同じ色で揃えたコートも今日の為に購入したというのはここだけの話。
数分と経たずに背後から声がかかった。

「悪い、待ったか?」
「全然。私も今来たとこ」

彼女の言葉を聞いて五条は緩く笑った。黒のチェスターコートを羽織って、いつも通りサングラスをかけた姿はまさにモデルのような出で立ちだ。芸能事務所にでもスカウトされてもおかしくない。苗字は街中で並んで歩いて大丈夫だろうかと不安になる。一方、五条は動かない彼女に対してニヤリと笑った。

「何?俺に見惚れた?」
「ちげえよ。さっさと行くぞ」

中身が残念だからデビューは無理だな、と心の中で愚痴を零しながら苗字は先に外へ出た。


___楽しみにしていた映画は彼らの期待通り、とても面白い作品だった。スタッフロールが終わるまで見届けて劇場を出ると、苗字は興奮を抑えきれない様子で言った。

「オマエ最後の展開予想できたか!? めちゃくちゃ驚いたんだけど!」
「アレは凄かったな。序盤で残した言葉が伏線になってるとは思わなかった」
「しかも続編がありそうな終わり方だったよな」
「もし公開されたらまた見に行こうぜ」
「絶対行く」

いつになるかわからない誘いにも関わらず、迷わず即答した彼女。五条はこの先一緒にいることを保証されているような気がして嬉しく思った。

外に出ると2人の息はたちまち白く染まった。次の予定は決まっていないが寒いのでどこか店に入った方がいいだろう、と五条が考えていると隣から質問が投げかけられた。

「五条、何か欲しい物ある?」
「どうした急に」
「だって、今日は五条の誕生日なんだろ」
「俺、言ったっけ?」

五条が首を傾げる。自己満足の為に映画の予定を今日に指定したのは事実だ。しかし、わざわざ自分から明かすのも厚かましい気がして苗字には黙っているつもりだった。自分の他に情報の出処で心当たりがあるのは同級生達だ。五条の脳内にこの場にいない2人の顔が浮かぶと同時に、彼女は口を尖らせて答えた。

「硝子に聞いた。私にも教えてくれたって良いじゃんか」
「アイツはカルテとか見るし偶然覚えてたんだろ。オマエに言わなかったのは、気を使わせたくなかったっつーか」
「そんなの今更だろ。...せっかくなら前もって何か用意したかったのに」

苗字の声が尻窄みになっていく。律儀な性格故に気にしているのだろう。そんな彼女の気持ちだけでも自分の心は満足しているというのに。五条は少し屈んで、俯きがちだった彼女の顔を覗き込んだ。

「別にいいって。俺、名前と過ごせるだけで十分だし」

五条は内心気恥しさに耐えながらも、平然を装った。彼は自分の顔に少し熱が集まるのを感じたが、目の前の苗字の頬が一気に赤みを帯びたのを見て口角を上げた。

「また照れてんのか?」
「う、うるさい。...本当に何か欲しい物ねえの?」

彼女は照れ隠しなのか、ムスッとした顔で尋ねる。このままでは引き下がらないだろうと思った五条は暫し思考を巡らせた後、自分で購入するつもりだった気になる商品の名前を口にした。

「今欲しいのはWiiだな」
「新発売のあれか! じゃあ今から買いに行くぞ」
「お、名前が買ってくれんのか?」
「もちろ...いや、やっぱ私も使いたいからワリカンな。そんで五条の部屋に置こう」
「おい」

けらけらと笑いながら彼らは大手家電量販店に向かった。五条は適当に店内を見て回り自分で支払うつもりだったのだが、結局ソフト代も含めた料金を苗字と半分ずつに分けた。

話していた通り、購入したゲーム機は五条の部屋に設置することが決定した。しばらくは2人でゲームを楽しんでいたのだが、いつの間にか家入や夏油も参戦するようになった。各々がコントローラーや替えの電池、新しいソフトを買ってきては五条の部屋に置いていくので、彼の部屋には荷物が増えていったのだとか。

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