喋喋喃喃

1、2年が見守る中、稽古場の中央では五条と苗字が組手を行っていた。互いの腕や脚が激しくぶつかり合い、乾いた音が響く。
数秒後、床に転がされたのは苗字の方だった。彼女は大の字に寝転がったまま悔しそうに声を上げる。

「あー、また負けた!」
「動きは悪くなかったんじゃねーの。あとは体幹だな」

五条は手を差し伸べて彼女を引き上げ、ついでに頭を軽く撫でた。その手は一瞬で離れたが、彼女はふいっと目を逸らした。

___先日の昇級祝い以降、五条はわざと苗字に触れて反応を楽しむようになっていた。組手の最中の接触に関しては何も動じない彼女だが、優しい手つきには戸惑いを覚えるようだ。そしてその反応が五条の嗜虐心を更に煽っていることに気づいていない。ちなみに周囲の人間は五条の思惑に薄々勘づいているため、苗字に半ば同情の視線を送っている。

部屋の端で彼らの組手を観戦していた七海は同じく待機している2年生に向かって言った。

「何故あんな回りくどいことを...さっさと告白すれば解決するでしょうに」
「名前の反応を見て楽しんでいるんだろうね」
「アイツ完全に開き直ったな」

夏油、家入がくつくつと笑う。どうやら五条達を見て楽しんでいるらしい。この2人もタチが悪いな、と七海は密かに思った。

「...え? 五条さんって苗字さんのこと好きなんですか?」

皆より一足遅く状況を理解した灰原が目を丸くした。他の3人は今更かと逆に驚く。コソコソとしたやり取りが聞こえていたのか、五条が大きな声で交代を呼びかけたので話はそこで打ち切られた。


___その夜、苗字はゲームに夢中になっていて日付が変わっていたことに気づかなかった。幸い明日も休日なので、いっその事朝まで起きておくのも悪くない。一旦ゲームを中断し、自販機で飲み物でも買おうと部屋を出た。

薄暗い廊下を通り抜け共有スペースを訪れると、ソファの上に先客が横たわっていた。長い脚を腕置きの上に放り出し、規則正しい寝息を立てているその人物は五条だった。どこかあどけない顔で眠る彼を見て、苗字は上から小さな声で呟いた。

「こんな所で寝てたら風邪引くだろ」

勿論返事はない。熟睡しているのを確認した彼女は五条の白い髪にそっと手を伸ばした。想像よりも柔らかい毛束はするりと指の間を通り抜ける。胸の奥がきゅっと詰まる感覚と共に、鼓動が段々と早くなっていく。
最近、五条のスキンシップが増えたことは苗字も気がついていた。優しく触れられる度に妙な気恥しさを感じているのだが、相手はどういう心境なのだろう。今の自分のようにうるさい鼓動に悩まされやしないのか。確かめようのない問いを頭に浮かべたまま、もう一度彼の髪に指を通した。

その瞬間、彼女の手首は掴まれてしまった。

「...ッうぉ!?」
「ハハッ、んだよその声」
「起きてたなら言えよ! びっくりするだろ!」
「別にずっと起きてた訳じゃねえよ」

五条が小さく笑ってソファから立ち上がる。髪に触れている時も意識があったのかと思うと、苗字は恥ずかしくて目を合わせられなかった。
しかし、五条は追い打ちをかけるように彼女を抱き寄せた。背中に回された腕には振りほどこうと思えばできる程の緩い力しかこもっていないが、苗字はされるがままに彼の胸板に収まった。心臓は暴れだしそうな勢いで騒いでいる。
五条は少し背中を丸めて耳元で語りかけた。

「なあ、名前」
「...何だよ」
「俺のこと、少しは意識してるか?」
「やっぱり、最近の対応はわざとだったのか」
「気づいてたのかよ。んで、感想は?」

苗字の脳裏に五条に触れられた記憶が駆け巡った。その度に自分は何を思っていたのか。彼女は戸惑いがちに、感じたままを正直に伝えた。

「恥ずかしい、けど...嫌じゃ、なかった...」
「へえ」

楽しそうに五条の口が弧を描く。彼は少し身体を離して苗字の顔を覗き込んだ。頬を真っ赤に染める様子が堪らなくなり、今まで抱えていた感情をそのまま舌にのせた。

「好きだ」
「えっ、と、」
「名前はどう思ってんの」

熱のこもった青い瞳に真っ直ぐ射抜かれる。その問いの答えは、彼女の鼓動と胸に滲む温かな感情がとうに証明していた。

「五条と一緒、かもしれない」
「かもってなんだよ」
「...好き」

消え入りそうな声で呟かれた言葉が聞こえると、五条は再び彼女を抱き締めた。苗字もおずおずと広い背中に腕を回して応える。

「俺の彼女になってくれ」
「本当に、私でいいのか」
「オマエじゃないと嫌なんだよ」

その一言で苗字の心臓が大きく跳ねた。彼女は敵わないなと思いながら腕に力を込めた。

「その言い方はずるいだろ」
「なんとでも言え」

開き直った五条が楽しげに笑う。苗字はなんだか悔しくなって彼の胸に額を押し付けた。
想いを通わせた彼らは蕩けるような気分に浸ったまま、高ぶった体温を分かち合った。

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