落花流水

関西で単独任務を終えた五条は、現在東京行きの新幹線の座席にて暇を持て余していた。隣が空席なのをいいことに若干斜めに座って脚を投げ出す。それでも窮屈なので、次乗る時はワンランク上の座席にしようと決めた。
昼食にしては少し早い時間だが、特にやることもないので駅弁を開いた。有名な和牛と白米が入ったそれは、駅で一番人気という宣伝通りなかなか美味だ。舌鼓を打ちながら、今頃高専の友人達は何をしているのだろうかと考えていると一通のメールが届いた。携帯に表示された苗字の名前を見て五条の口元が緩んだ。

『任務が長引いてるみたいだけど、大丈夫か?』
『今日終わったとこだ。今新幹線に乗ってるから、あと2時間後には高専に着く』

実の所、目的の1級呪霊自体は難なく祓えたが、その出現条件を満たすまでに手こずって4泊5日の長丁場になってしまったのだ。五条がメールを送信すると返事はすぐに来た。

『丁度良かった! それなら昼ご飯はできるだけ食べすぎないようにしてくれ!』
『俺は別にダイエットとか必要ねーけど』
『そうじゃないわ笑 帰ってきてからのお楽しみってことで! じゃあまたあとでなー 』

やり取りはそこで終了した。昼食の件については駅弁が大した量ではないので大丈夫なはずだ。おそらく寮内の誰かがスイーツでも買ってきたのだろう。それくらいなら余裕だ、と五条は気に止めず食べ進めた。
完食して容器の片付け終えた彼は再び手持ち無沙汰となった。車内の電光掲示板に何度目を向けても到着までの時間が縮まるわけでもない。早く高専に戻りたいという気持ちが徐々に膨らんでくる。

___やっぱアイツがいないとつまんねえな。

ふと頭に浮かんだのは苗字の姿だった。甚爾の件を経て一緒に過ごす時間が増えたからだろうか。柄にもなく会いたいという気持ちが湧き上がり、くすぐったい心地がする。そして不意にいつかの家入の言葉が脳裏を過ぎった。

『だってオマエ、名前のこと好きだろ』

あの時は否定したが、今の自分は何と返すだろう。彼は自問しながらも、心のどこかで気がついていた。
緩く胸を締め付けるこの感情が世間一般で何と称されるのかということを。

「...もしかしたら、結構前からそうだったのかもな」

小さく小さく呟かれた言葉は車内の音にかき消された。ひとりきり故に、自身の素直な気持ちと向き合えた彼はサングラスをかけ直して目を閉じた。


___高専に着いた五条はボストンバックを抱えたまま、真っ直ぐ共有スペースへ足を運んだ。先程苗字からメールが来て場所を指定されたのだ。
廊下を歩いていると奥からピザの匂いが漂ってきた。これで彼女の忠告の謎が解けた。何故急に出前を頼んだのかは、まだ分からないが。

共有スペースを覗くと、テーブルには何箱ものピザやお菓子、ペットボトルが雑に並べられていた。床に転がっている怪しい空き缶はおそらく家入のものだ。テーブルを囲むのは同級生達だけでなく、七海と灰原も加わっている。五条の姿を見た家入が声をかけた。

「おかえりー。長かったね今回」
「悟にしては珍しいな」
「まあな。面倒くせえ呪いで時間かかっちまった」
「五条さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です!! お土産ありますか!?」
「お疲れ。これ1年の分だから全部食っていいよ」

後輩達の温度差に笑いつつ、紙袋を手渡した。中身はご当地のお菓子だ。勿論2年生の分は別で用意してある。
男子陣が五条の座る場所を空けるために間を詰めていく。その間、奥のソファに座っていた苗字は何やら慌ただしく動いた後、1枚の紙を掲げて五条に駆け寄った。さながら飼い主を見つけて尻尾を振っている仔犬の様だ。

「五条おかえり! これ見てくれ、準一級になれたんだ!」

苗字がこちらに向けた紙の正体は合格証明書で、推薦者のサインや日付が書かれていた。どうやら彼がいない間に査定が行われたようだ。つまりこの食事の量は昇級祝いということだろう。
数日ぶりに会ったせいか、笑顔が眩しかったせいか。五条は自然と彼女の頭に手を伸ばした。

「頑張ったな。オマエならそのうち一級にもなれるだろ」
「あ、ありがとう」

頭を緩く撫でられて苗字は顔を赤らめた。彼女はてっきり、まだまだだなと言われる位だろうと思っていたので拍子抜けしていた。褒められたことは嬉しいが、いつもの調子が狂う。
対する五条はその反応にある種の嗜虐心を煽られていた。数時間前に自覚したくすぐったい心地が再び蘇る。手を退けずにいると、彼女は恥ずかしさに限界がきたようで半歩下がった。

「だ、だから今日は昇級祝いしようってなってさ! 丁度間に合ったし、ピザ食べなよ!」
「じゃあ、それと奥のやつ。傑とって」

五条がテーブルの上を指さすと、夏油はやれやれと言って紙皿を引き寄せた。空いた場所に腰を下ろした五条が今回の任務について語り始めて、静かだった部屋は音を取り戻した。
先程のやりとりは全員に静かに見守られていたのだが、苗字にはそれを気にする余裕はない。
家入の隣に避難した彼女が深呼吸をすると隣から囁かれた。

「五条にしては珍しく素直に褒めてくれたね」
「...珍しすぎて驚いた。明日は雪でも降るかもしれねーな」
「とか言って、嬉しかったでしょ」

家入がニヤりと笑う。恥ずかしくなった苗字は炭酸飲料に口をつけて誤魔化した。高鳴る胸を静めるのに暫し時間がかかりそうだ。

◆◆◆◆

戻る
- ナノ -