切磋琢磨

例の一件を経て、苗字と五条はより強固な信頼関係を築いたようだ。以前にも増して2人でいる時間が増えたことは同級生だけでなく後輩も気付いていた。

___徐々に過ごしやすい気温に変化し、秋の気配を感じるようになったある日の休み時間。2年生達が涼しい廊下を歩いている最中、苗字と五条の楽しげな会話が響いた。

「五条ー。放課後暇なら組手しよ」
「いいけど、俺の実験も手伝え」
「また新技?」
「ああ、実家の蔵から色んな資料パクってきた」
「何それかっこいいな」

先頭の五条の半歩後ろを苗字がついていく。最近この光景は廊下だけでなく寮内でも度々見かけるようになっている。
彼らの様子を更に後ろから眺めていた家入が呟いた。

「カルガモの親子かよ」
「親が大きすぎる気もするけど、確かにサイズ感は似てるね」

隣にいた夏油がクスクスと笑う。すると数歩前にいた苗字はムスッとした顔で振り返った。

「夏油、今失礼なこと言っただろ」
「何の事かな」

お茶を濁した彼の横で家入がすかさず口を挟む。

「名前はチビだってー」
「そこまでは言ってないじゃないか」
「おい! そこまではってなんだよ」
「チビは事実だろーが」
「うるさい五条! 今年中にあと10cm伸びてやらあ!」
「やれるもんならやってみろチビ助」

苗字の意気込みは五条に鼻で笑われてしまった。彼らはわいわいと談笑しながら教室に入っていった。

___放課後、五条と苗字は稽古場に集まった。怪我予防の柔軟の最中に五条が要望を出した。

「最近小刀作れるようになったんだって? 組手の途中で打撃に織り交ぜて使って欲しいんだけど」
「それもはや組手じゃなくないか」
「まあ細かいことは気にすんな。とにかく、拳は直で受け流して刃物だけ無下限で弾くっつー実験がしたい」
「いちいち切り替えるのか? 拳の攻撃もまとめて無下限で防げるだろ」
「いや、無下限は出しっぱなしだ。対象選択を自動化してみようと思ってさ」

苗字は首を傾げ、少し間を置いてから返答した。

「あー、刃物だけを自動でガードするようにしたいってことか」
「そんな感じだ。アホにしてはよく理解できたじゃん」
「誰がアホだ。協力はするけど怪我しても文句言うなよ」
「反転術式あるからダイジョーブ」
「腹立つなコイツ」

2人は一通り柔軟を終えて立ち上がった。向かい合うと五条は口端を釣り上げて挑発する。

「どこからでもかかってこいよ」
「おう」

返事と同時に苗字は素早く距離を詰め拳を繰り出した。連続で攻撃が入るが五条は受け流してカウンターをいれる。彼女が半歩下がったかと思うと、すぐに五条の脇腹に蹴りが入った。高身長の相手は当然的も大きくなるのだ。しかし五条も負けじと脚を手刀で叩き落とした。
激しい攻防が続く中、苗字は一瞬で作り出した小刀を五条の目を狙って投げつけた。目先10cm程の所で小刀は無下限によって弾かれたが、五条の視界が一瞬塞がってしまう。その刹那を狙い、苗字は完璧な回し蹴りを決めた。彼の軸がぶれると同時に足技を仕掛けて床に倒す。苗字は馬乗りになって喉元に小刀を突き立てた。勿論無下限に隔てられているので喉に到達することはないが、勝利を表すには十分だった。

「参ったか白髪」
「...マジであの男と動き似てんな」
「それは光栄だよ」

小刀を床に置いた苗字は肩で息をしながら口角を上げた。一方、五条は床に背をつけて彼女の下敷きになったまま冷や汗をかいていた。意識せずとも小刀を弾いたので術式の実験は成功だと言えるが、それよりも苗字の流れるような攻撃動作に感服せざるを得ない。彼女は甚爾の動きをしっかりと受け継いでいるようだ。
とはいえこの体勢は如何なものか。先に冷静になった五条が相手を退けようとしたその時、丁度稽古場の扉が開き家入の声が響いた。

「もしかしてお取り込み中だった?」
「んなわけねーだろ! 退けチビ助」
「わ、悪い!」

家入の一言で驚いた苗字は半ば転がるようにして退いた。訓練中にしても同級生に馬乗りになっていたのはとんでもないのでは、と急に恥ずかしくなってきた。五条も内心同じ様なことを思っていたのだが、彼は平静を装っている。
服をはらいながら立ち上がる彼に向かって家入が要件を告げた。

「五条、先生が探してたよ。多分任務だと思う」
「あー分かった。じゃあ俺行ってくるわ、またなチビ助」
「おう、頑張れよー」

床に座り込んだまま苗字は軽く手を振った。五条がいなくなると、彼女は家入に向かって言った。

「やっぱ特級って忙しいんだな。夏油も朝から任務行ってたし。2人ともすげえよ」
「その五条倒したんだし、名前もすごいじゃん」
「さっきのは不意打ちが成功したっていうか。まぐれだって」

ニヤニヤとしている家入は本当に褒める気があるのかはさておき、決して謙遜ではない事実を述べた。
次回からこの戦法は使えなくなるだろう。他の手段を考えなくてはいけない。苗字は改めて気を引き締めた。

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