玉石同砕:中

五条達から空港に向かっていると連絡が入った直後、夜蛾は高専に残っている苗字と1年生を呼び出した。彼が1年生に沖縄へ向かうように指示を出すと、すかさず苗字が口を挟んだ。

「七海と灰原も沖縄!? 私は!?」
「名前は東京に残って懸賞金設定者と盤星教本部の特定を手伝ってもらう」
「空港を占拠される可能性があるなら戦力は多い方が良くないですか!」
「七海達なら任せられるとオマエもよく分かっているはずだろう。それに沖縄にばかり重要な戦力を割く訳にもいかんのだ」
「うっ、そう言われたら東京に残るしかないですね」

もっともな意見に納得せざるを得ない。そして重要な戦力と称されたことに喜びを感じたのはここだけの話。存外単純な彼女はすぐに気持ちを切り替え、隣に立つ後輩達に声をかけた。

「灰原、七海。頑張って来いよ! ついでに空港で紅芋タルト買ってきて」
「了解です! あれ美味しいですよね!」
「...二人とも旅行じゃないんですよ」

土産の話で盛り上がる苗字達を見て七海はため息をついた。

___解散後、苗字は他の術師や窓と手分けして盤星教の施設を回ることになった。
信者の中に懸賞金を設けた犯人と繋がっている人物が紛れているかもしれない。信者自身が懸賞金を設定したという可能性もある。いずれにせよ星漿体の情報が漏れた出処を突き止めるため、地位が高い信者や本部を探す必要があった。

梅津に車を走らせてもらい、苗字は都内の施設を巡っていく。怪しい残穢が確認できた場所はおそらく呪詛師が出入りしたのだろう。彼女は車内で報告書に筆を走らせた。
担当範囲を見終わった頃、他の班との情報を照らし合わせて本部らしき場所が特定できた。しかし盤星教は非術師の団体なのでこちらからは下手に動けない。ひとまずそこは監視だけに留めておくと決定した。本日の見張り役は別の窓と術師に任せ、苗字と梅津は明日の午前を担当することになった。

「苗字さん今日もお疲れ様でした。では、また明日の朝迎えに来ます」
「ありがとうございます! 明日もよろしくお願いします」

苗字は梅津と挨拶を交わして車から降りた。そのまま真っ直ぐ高専の校舎に向かう。教室で残りの報告書を書き上げ、夜蛾に提出しに行かねばならない。そう考えていた矢先、彼女の携帯電話が鳴った。表示された名前は夏油傑。校舎に入ろうとする足を止め、その場で電話に出た。

「もしもし、何かあった?」
『実は滞在を1日延ばすことになったんだ。そちらを名前に任せきりになっているけど、大丈夫そうか?』
「先輩や窓の人もいるし平気だよ。おかげで盤星教の本部っぽい所は絞れた。でも懸賞金を設定した犯人は見つけられてない」
『まだ油断は出来ないな。明日の昼頃東京に着く予定だから、引き続きよろしく頼むよ』
「任せとけ。夏油達も頑張ってな」

通話は手短に終了し、苗字は改めて教室に向かった。
滞在が1日延びたとのことだが夏油の声は普段と変わらない様子だったので、ハプニングが起きたわけでもなさそうだ。詳しい事情は帰ってきてからゆっくり聞くことにした。七海と灰原も任務が延長されて大変だな、と彼女は後輩の身を案じた。
考え事をしながら作業をしたおかげで書き終えたのは外が暗くなった頃だった。報告書をまとめて夜蛾に提出し、その日のノルマは無事に達成された。

手早く風呂と夕飯を済ませた苗字は自室に戻って明日の準備に取り掛かった。夜蛾に手渡された新しい書類に目を通しスケジュールを確認する。最悪呪詛師との戦闘もありうるので刀の手入れも怠らない。
作業の途中、苗字の携帯が鳴った。今度は誰だろうか。画面を確認すると五条悟の文字。珍しい着信に何かあったのでは、と不安を抱えながら応答した。

「どうした? 滞在延長の件なら夏油から聞いたぞ」
『それは知ってる』
「ん、じゃあ何か問題でもあったのか?」
『...別に。名前の声が聴きたかっただけ』
「なっ...!?」

五条の声には疲れが滲んでいて、いつもの様な覇気がない。それ故苗字は冗談と本気の区別ができずに言葉を詰まらせた。電話越しで五条が小さく笑う。

『ハッ、何だその反応』
「...オマエが変なこと言うからだろ」
『るせーよ。傑はもう寝たし、暇つぶしに何か話そうぜ』
「五条も明日のために早く寝た方が良いんじゃねーの」
『この状況で俺の術式を解くわけにはいかねえんだよ。傑には万が一の時に備えて体力を温存してもらってる』
「まさかオマエ、高専に着くまで術式を使い続けるつもりか」
『ああ、いつ敵が来るかわかんねえしな。つーわけで俺は起きとく』
「ったく...充電続く限りでいいなら暇つぶしに付き合ってやってもいいけど」
『サンキュ。とりあえずそっちの状況聞かせろ』
「はいはい。今日行ったのは___」

苗字は先程報告書に記したことを包み隠さず話した。本部の情報は共有していた方がいいだろうという判断だ。聞き終えた五条は一息ついて言った。

『東京は東京で忙しそうだな』
「そうなんだよー。そっちは何かあった?」
『人質取り返した後、海行って飯食って、あー...水族館も行ったな』
「思ったより満喫してんな」
『星漿体...天内っていうんだけど。アイツも良い思い出になったんじゃねーの』
「まだ中学生の女の子なんだっけ」
『んな暗そうな声すんな。...アイツが同化を拒んだら俺と傑で逃がすつもりだ』
「正気か? 天元様を敵に回すようなもんだろ」
『大丈夫。俺達、最強だから』
「はは、オマエ達らしいな」

自信に満ちた宣言を聞いて苗字の口元は緩く弧を描いた。彼らは本気で言っている。きっと滞在期間の延長も天内の為なのだろう。家入にクズ呼ばわりされる五条と夏油だが、1人の少女を放っておけない優しさがあるのだ。苗字はこの任務の行く末が天内にとって良い結果になることを祈った。
少し感傷的な気分になった彼女はポツリと声を漏らした。

「なあ五条」
『どうした?』
「今度皆で海行こうよ。去年は忙しくて行けなかったし」

苗字の「皆で」という言葉には天内も一緒にという希望も密かに込められていた。
彼女の提案を聞いた五条は不思議に思って尋ねた。

『唐突だな。別にいーけど、何で海?』
「なんか私も思い出作りたいなって思った。友達と海とか行ったことないし」
『オマエさ、マジで遊んだ経験無さすぎだろ』
「笑うなよ。しょうがねえじゃん、引越しやら部活やら事情が色々あんの」
『可哀想だから俺がどこでも連れていってやるよ』
「そりゃどーも」

2人の掛け合いにより空気が少し軽くなった。やはりこのくらいの軽口を言える仲は居心地が良いと苗字は思う。
しばらく話した後、五条はホテルの時計に目をやった。

『そろそろ充電切れんだろ、寝るか?』
「もうこんな時間か、さすがに寝ようかな。五条はまだ起きとくんだろ」
『勿論。チビ助は気にすんな』
「チビは余計だっての。...じゃあ、また明日な」
『ん、おやすみ』
「おやすみ」

電話を切った苗字は布団に入った。この時、穏やかな寝息をたてる彼女は任務が成功に終わると信じて疑わなかった。

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