大衾長枕

新幹線の中で苗字と同級生の男子二人が向かい合わせに座り、今回の任務の資料に目を通している。中学生男女六人と小学生一人が廃病院で肝試しに行って行方不明になったようだ。その文字を見た苗字は無事であることを密かに祈った。
資料を読み終えた後、彼女はふと思い出して懐から小さな四角い物を二つ取り出した。

「五条、夏油、これあげる」
「あ? なんだこれ?」
「ありがとう。そういえば今日は14日だったね」
「そうそう。誰かさんと違って夏油は察しが良いな」

夏油の一言で五条も合点がいった。今日バレンタインデーだ。五条は手のひらの上の有名な四角いチョコレート菓子を見つめる。貰った物にケチをつけるつもりはないが、一つだけ気に食わないことがあった。高専を出る直前に偶然目に入った光景を思い出す。

「...硝子にはもっとデカいの渡してたよな」
「なんだ、見てたのか。あれはデパートで買ったちょっとお高いやつだよ」
「俺らの分は?」
「今チロルあげたじゃん」
「これはカウント外だろ」
「悟、拗ねるなよ」
「あらー五条君。そんなに大きいの欲しかった?」
「オマエらまとめてぶん殴ってやろうか」

さすがに新幹線の中で暴れるわけにはいかないので一発ずつ苗字と夏油の足を軽く蹴った。彼はほんの少しだけ期待していたのだが口が裂けても言わなかった。
実のところ、苗字はクリスマスや正月のお礼として五条にだけ特別な物を渡そうかと前日まで悩んでいた。しかし最終的には気恥しさが勝ってしまい、夏油もいるし平等にチロルで!という逃げ道を選択したのであった。

___新幹線から降りた一行は廃病院へと向かった。鬱蒼とした林の奥に3階建ての大きな建造物が見える。錆びた看板は落書きまみれで、いかにもな雰囲気が漂うスポットだ。

「うっわ、見るからにやばそう」
「何ガキみてぇにビビってんだチビ助」
「そう言うオマエこそビビってんじゃねーのか?」
「...二人とも、口が悪いのは直した方がいい。子供達が怖がるかもしれないだろ」
「傑はそのナリで真面目ぶっても意味ねーよ」
「ははっ! ヤンキーっぽいもんな」
「黙ろうか」

普段通りの言い合いをしながら歩みを進める。廃病院の中は残留物が散乱していて、古びた棚や机が倒れていた。子供の肝試しにしては随分と危険な場所だ。彼らは物陰から現れる低級呪霊を祓いながら、人影を探した。
2階にたどり着いた時、ある部屋が目に入った。入口は倒れた棚や車椅子で塞がれ、子供が通れるほどの隙間しかない。五条が隙間から除くと、奥に少年が一人で蹲っていた。

「あ? ガキんちょ一人じゃねえか。他のヤツはどこいった?」
「ひっ」
「やめろよ悟。怖がってるだろ」
「怖いお兄さんがいてごめんね〜。私がそっち行くから待ってて」

五条の声により少年は部屋の隅ですっかり萎縮してしまった。夏油が窘めている間に苗字は障害物を通り抜けて少年の元へ行った。安心させる為に屈んで視線を合わせる。

「一人でよく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
「...お姉ちゃん達、誰?」
「みんなでお化け退治のお仕事をしてるんだ」
「おっきくても、退治できる?」
「もちろん。何か大きいのがいたの?」
「黒いのがいて、みんなを食べちゃって...」

話によると、この少年は呪霊が見える体質で兄が企画した肝試しに巻き込まれたらしい。廃病院の散策中に黒くて大きな呪霊が参加者を飲み込んでいったが、見えている自分はなんとか逃げ出してここに身を潜めていたとの事。苗字は話を聞きながら脳内で状況を整理した。
高身長故に障害物を通り抜けられない夏油と五条は大人しく廊下に立ち、苗字達を待っている。その間夏油が口を開いた。

「名前がいて助かったな」
「チビ同士波長が合うんだろ」
「五条、聞こえてるからな」

しばらくして苗字達が部屋から出てきた。彼女は少年から聞いた話を簡単にまとめて同級生に伝える。

「...というわけで呪霊は子供6人食ってから上の階に行ったらしい」
「私と悟で祓うから、名前はその子を連れて外に出てくれ」
「了解」

五条と夏油は階段を上り、反対に苗字は少年の手を引いて下りていった。
彼女達が出口を目指す途中、2級ほどの呪霊に遭遇した。カエルと人間を混ぜたような見た目の呪霊が声を上げる。

「ミ、ミ、ミミぃつけェたァァァ」
「一応聞くけど、友達食べちゃったのってアイツ?」
「ち、違う...!」
「じゃあぶった斬っていいな!」

少年の返事を聞いて苗字は遠慮なく斬りかかった。呪霊は一瞬で腹を真っ二つにされる。
その後も低級呪霊が沸いて来る度に苗字は次々に祓っていった。彼女は次の昇級も間近だな、と呑気に考えていた。
二人で無事に外へ出ると、屋上の方から呪霊の雄叫びが聞こえてきた。

「お兄ちゃん達、大丈夫かな...?」
「心配はいらないよ。アイツら、最強だから」

苗字は微笑んで不安げな少年の頭を撫でてやった。
呪霊の叫び声や瓦礫の音が止んだ数分後、五条達が戻ってきた。多少のかすり傷はあるが大きな怪我は無いようだ。夏油は呼び出した呪霊の背に乗せた子供達を指して、少年に確認をとった。

「皆生きているよ。ここにいる子達で全員かな?」
「...うん」

少年は目に涙を溜めて、こくんと頷いた。隣に立っていた苗字がしゃがみこんで少年と視線を合わせる。

「もう二度と遊び半分でこんな所に来たらダメだよ。約束できる?」
「わかった」
「偉い! 良い子にはチロルをあげよう」
「あ、ありがとう!」
「甘やかしてんじゃねーよ」
「五条も欲しいのか? 昼間あげただろ」
「違うわ」

その後、助け出された子供達は一旦病院に行くことになり任務は現地の窓に引き継がれた。

___無事に役割を果たした三人は、予約していた民宿に向かった。道中で空腹と疲労感が限界に達し、着いて早々夕食をかきこんだ。女将さんは育ち盛りの彼らの食べっぷりを見て大喜びで料理を振舞ってくれた。
食事を終えて解散し、男女それぞれの部屋に入る。苗字はさっさと部屋の風呂を済ませ、後はくつろぐだけだと思っていたのだが。

「嘘だろ...」

暖房の電源がつかない。リモコンを何度も操作しても無反応だ。仕方が無いので女将さんの元に事情を説明しに行った。彼女はすぐに直ると思っていたが、その考えは甘かったようだ。

「ごめんなさいね、完全に壊れてるみたい。でも今日は満室で他に空きが無くて...。一緒に来てた子達と同じ部屋でも大丈夫かい? 料金はもちろん割引するから」
「そ、そうですか。ちょっと頼んでみます」

そうして現在彼女は男子部屋の入口に立っていた。

「...てことで泊めてくれ」
「はーーー? 別に暖房無くても良いだろ」
「じゃあオマエが寒い部屋に一人で寝とけよ。私はここで夏油と寝るから」
「寝ッ!? は、意味わかんねえよ!!」
「落ち着け悟。そんなに狭い部屋じゃないからいいだろ。今の時期に暖房無しはさすがにキツいよ」
「そうだそうだ。私の布団は一番端に敷けば大丈夫でしょ」
「ったく。...盛って夜這いとかすんなよ」
「バッカじゃねえの!? それはこっちのセリフじゃボケ!!」

五条と苗字がぎゃんぎゃん騒いでいると、開け放たれたドアから女将さんが顔を覗かせた。

「今回は本当にごめんなさいねぇ。これ、娘が市内のお店で買ってきたのよ。良かったら食べてちょうだい。お詫びと言うには足りないかもしれないけれど...」
「えっ、良いんですか!? わざわざありがとうございます」
「いいのいいの。みんなで仲良く食べてねぇ」

女将さんは赤い包みを苗字に渡すと、ごゆっくりと言い残してその場を離れた。彼女は部屋にあがってまじまじと包みを眺めた。それに興味を示した五条が声をかける。

「何それ」
「チョコかな? 結構有名なお店のヤツ」
「1個寄越せ」
「ほい。私も食べよっと。夏油もいる?」
「いや、私は遠慮しとくよ」

二人は布団の上に座り込んで包みを開ける。チョコを噛み砕くと不思議な味と香りが口内に広がった。五条は未体験の味に首を傾げる。

「...なんだこの味」
「えー美味しいじゃん。私もう一個食べよ」
「食べすぎるなよ」

見ていた夏油は軽い忠告と共に、包みを回収した。するとパッケージのウイスキーという文字が目に止まった。

「これは...」

彼が顔を上げた時、案の定苗字は布団に倒れ込んでいた。どういうわけか、そこに重なるように五条がうつ伏せで大の字になっている。二人とも顔が真っ赤だ。

「ごじょー、あつい...」
「しらねー」
「だから、どい、て...」
「あー...むり」
「ねむ...」

苗字は眠気には勝てないらしく、抵抗を諦めた。何度か身動ぎした五条は彼女に半身を乗せたまま動かなくなった。

「まさか悟も酒に弱いとはね...。ていうか君達、これだけで酔ったのか」

呆れながらも、ネタになるので写真を撮っておいた。ついでに家入にも送ってやると、兄妹かよと即座に返信が来て笑った。傍から見ればそう解釈できないこともない。苗字に布団を取られてしまった夏油は隣に新しい布団を敷いて眠りについた。

次の日、部屋には五条と苗字の絶叫が響き、夏油は叩き起される羽目になる。

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