一陽来復

クリスマス以降、五条と苗字の互いへの態度は僅かに柔和なものになった。それでも口喧嘩が絶えないのは相変わらずだったが、家入と夏油は何かあったとすぐに勘づいた。藪蛇になることは避けたいので探りを入れるようなことはしなかったが。

___世間は年末年始の空気に切り替わっており、高専生のほとんどが実家に帰った。ただでさえ人が少ない寮が静まりかえり、校内には教師や補助監督もいない。食堂も閉まっているので、残っている生徒は各自で食事を用意しなければならない。

苗字は実家が無いので寮に残っていた。墓参りは先日のうちに済ませている。一人で冬の課題や稽古に勤しみながら数日を過ごし、寂しく大晦日を迎えた。隣部屋の家入も数日前から不在で、暇を持て余した彼女は共有スペースにてテレビを見ることにした。早速コンビニで夕食を買い、テレビ前のソファを独占する。スウェット越しに伝わる肌寒さに何となく寂しくなり、急いでテレビの電源を入れた。

夕食を食べ終わった後もくつろぎながら年末の特番を見ていると、通りかかった三年生に声をかけられた。確か名前は佐竹だったかな、と苗字は挨拶しながら記憶を探った。その間に彼はソファの端に腰掛け、ニヤニヤしながら尋ねた。

「なあ、苗字って五条と付き合ってんの?」
「突然どうしたんですか。付き合ってないですよ」
「えー? 俺クリスマスにオマエらが一緒にいるとこ見ちゃったんだけど」

佐竹は疑いの視線を向けた。苗字は面倒だと思ったが、先輩なので無下に扱うことも憚られる。とりあえず深入りされない程度に本当の事を答えておく。

「あの日は丁度任務帰りだったんですよ」
「なーんだ、そういう事か。じゃあ彼氏とかいない感じ?」
「いませんよー」

苗字の返答を聴いた途端、佐竹は距離を詰めた。ソファが軋み、二人の間に隙が無くなると彼女は嫌な予感がした。

「俺さあ、同学年のヤツらが帰省中で暇なんだよね」
「あー...先輩は実家に帰らなくていいんですか?」
「俺んちは近いし年が明けてからで良いかな。というわけで寮に残った者同士、仲良く年越ししようぜ」

佐竹の腕が苗字の肩に回され、引き寄せられそうになる。彼女が押しのけようとした瞬間、救いの声がかかった。

「何勝手に話進めてんだよ。俺も寮にいるっての」

後ろから現れた五条は声に苛立ちを含ませながら、佐竹の腕を掴んだ。てっきり御三家の彼は実家に帰っているものだと思っていた苗字は驚いた。佐竹も同じように考えていたらしく、動揺を隠せていない。

「ご、五条、まだ寮に残ってたのか」
「面倒臭え実家には帰りたくないんですよ。俺が寮にいたら悪いっすか?」
「いや別に...」
「ハッ、残念だったな。んじゃ、センパイ良いお年を〜」

五条は苗字の手首を引いて立ち上がらせた。そのまま二人で共有スペースを出ていく。彼はコンビニ帰りだったようで、腕を振る度にビニールがガサガサと音をたてた。廊下を歩きながら苗字の方から声をかけた。

「助かった、五条」
「ったく、気をつけろよ。アイツ硝子にも手出そうとしてたし」
「すげえな硝子、モテてんなあ」
「はー。オマエは危機感ねえな。あのままじゃ食われてたぞ」
「...マジで???」
「それくらい女好きのヤバいやつ。外泊多いし」
「うっわ、もう近づきたくない」

先輩のいらない情報を知ってしまい、苗字は顔を顰めた。

「オマエの部屋にテレビねえの?」
「普段そこまで見るわけじゃないからなー。でも年末の特番は見たかったんだ」
「さっきの続き、俺の部屋で見るか?」
「え、いいの?」
「俺も暇だしな」

珍しく心が広い五条に苗字は首を傾げた。サングラス越しではあまり表情が見えない。ふと彼女は思いついた冗談を口にした。

「...まさかこれ、五条に食われる展開?」
「はあ!?馬鹿か!! 色気ゼロのチビ助なんて誰も食わねーよ!!」
「冗談に決まってんだろ!! 誰が色気ゼロじゃボケ!!このモヤシ野郎!!」
「テレビ使わせねえぞ」
「うっ、それはやめてくれ...! あとゲームも持って行っていい?」
「早く取ってこい」

佐竹と同列に扱われたことに腹を立てたのか、苗字の危機感の無さが気に入らなかったのか。
五条の機嫌が少し悪くなってしまい、彼女は急いで自室からゲームを取ってきた。通信対戦でご機嫌をとろうという安易な作戦を立てたのは内緒だ。

五条の部屋はテレビ以外にもゲーム機やDVD、漫画など雑多なもので溢れていた。夏油の記名があるノートや彼が好きだと言っていたアーティストのCDが転がっている所を見るに、彼らは頻繁にこの部屋で集まっているのだろう。物が少ない自分の部屋に比べ、生活感に溢れる男子高校生らしい部屋だと苗字は率直な感想を抱いた。

テレビをつけて、ゲームをして、お菓子を食べて。年末のケツバットでお馴染みの番組で大笑いし、CMの間に歌番組に切り替えたり。苗字が剥いたみかんを五条が横から奪ったり。彼らは自由気ままに過ごした。普段は口喧嘩ばかりの二人だが、気を使う必要がないので楽だ。長時間一緒にいても苦にならない。むしろ居心地が良いくらいだ。例えるなら家族のような距離感と言える。
そこで苗字はふと、自分が五条の妹を名乗った時を思い出した。あの時は女性達を振り払う為とはいえ、無理がある嘘だと思っていた。しかし、今の状況を見れば信じる人間もいるかもしれない。こんな性格の悪い兄貴は嫌だが、寂しくはないだろうな。失った両親の姿が彼女の頭をよぎり、少し感傷的な気分になった。

思い起こせば、この一年はあっという間だった。まさか自分がこんな世界に足を踏み入れるなんて。祖父が生きていたらどんな顔をしたのだろうか。
苗字が思考に耽っていると、テレビからカウントダウンの声が聞こえた。もうそんな時間かと驚いているうちに、日付は呆気なく変わった。

「あけましておめでとう」
「おめでとー。あ、傑からメール来た」
「硝子からも」

二人はこの場にいない同級生達にメールを返した。今頃は実家でのんびり過ごしているのだろう。
来年も無事に年越しを迎えられるといいのだけれど。年明け早々苗字は縁起の悪いことを考えた。強くなれば済む話だと自分に言い聞かせる。
死ななければ何度でも明日がやってくるのだから。

「五条、今年もよろしくな」
「しょうがねえな。よろしくしてやるよ」
「上から目線だな」

苗字は今年こそは強くなってコイツを唸らせてやろうと密かに誓った。

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