光彩奪目

冬の冷たい空気が廊下から教室に流れ込んでくる。
苗字は冷えた体を擦りながらカレンダーに目を向けた。十二月も半ばに差し掛かっている。とある数字を見て思い立った彼女は、隣に座っている家入に声をかけた。

「硝子、クリスマスの予定決まってる?」
「特に何も。どっか遊び行く?」
「行きたい!!」
「いいよー。行きたいとこ考えといて」
「やっぱイルミネーションとか見てみたいなあ」
「電飾でいいのかよ」
「電飾て言うな! 綺麗じゃん!」

苗字がショックを受けたような顔をするので家入が思わず笑った。冗談だよ、と言い直し、二人で仲良く予定を立て始める。高専は来週から冬休みとなっており、年明けまで授業に縛られることは無い。今の季節は任務も減るので遊びに行くには絶好の機会だ。
クリスマスというイベントを目前にして浮かれている女子達を見ていた五条が横槍を入れた。

「ハッ、クリスマスくらいではしゃぎすぎだろ」
「うるせー。今まで部活漬けだったからどこにも行けなかったんだよ」
「うっわ、マジかよ。寂しいヤツ」
「なんだと! 全国の部活生に謝れ!」

いくら好きで部活をしていたとはいえ、クリスマスに友人と遊べないことは彼女も残念に思っていたのだ。彼氏とかいなかったのか、という家入の発言に苗字が首を横に振ると、また五条が馬鹿にした。やり取りを見ていた夏油が部活に打ち込んでいて偉いじゃないかと褒めてくれたのが彼女の唯一の救いだった。

___そして迎えた冬休み。
数日が経ち、いよいよ日付はクリスマスとなったのだが。五条と苗字は千葉県にいた。廃墟の中を歩きながら二人はため息をつく。

「何でコイツと任務...」
「それは俺のセリフだっての」

事の発端は今朝の夜蛾からの呼び出しだ。任務が言い渡された途端、彼らは物凄い勢いで抗議したのだが見事に跳ね返された。話を聞きつけた夏油と家入からは残念だったね、と笑われた。今度埋め合わせするからと苗字は何度も謝った。
しかし彼女が千葉に向かう間、高専に何人も重傷者が運び込まれ、家入は治療で大忙しになったそうだ。重傷者の任務を夏油が引き継ぐことになり、結局四人とも穏やかなクリスマスを過ごすことは叶わなくなった。

「オマエ何か予定あった?」
「傑と映画」
「男二人で映画かよー」
「うるせえな。俺らは歩いてるだけでも女から声掛けてくるし」
「逆ナンされて困り果ててたのは誰だよ」
「あれは傘が無くて困ってただけだ」

喋りながら歩いていくうちに廃墟の奥に辿り着いた。同時に呪霊が三体、姿を現す。余裕ぶった態度で仁王立ちする呪霊を見て苗字は刀を構えた。

「あー、呪霊見たら余計腹立つ」
「さっさと祓って終わろうぜ」
「おう」

返事と共に戦闘が開始した。本来ならば今頃遊びに行っている時間帯のはずなのに、と二人は憂さ晴らしでもするかのように暴れ回った。呪霊の雄叫びが廃墟に響き渡る。

___あっという間に任務を片付けた二人は少しだけストレスが発散された。補助監督が待つ車の元へ引き返す。

「苗字さん、五条君、任務お疲れ様でした」
「梅さんもお疲れ様です。帰りもよろしくお願いします」

苗字が黒いスーツを着た壮年の男性に頭を下げた。梅さんこと、梅津は温厚な性格で慕われている補助監督だ。一年生の担当になることが多いので日頃から世話になっている。
彼は五条達に労いの言葉をかけ、車を発進させた。後ろの座席では五条が目を閉じているが、助手席の苗字は梅津と雑談をしながら外を眺めていた。
東京に近づくにつれて、車の数が多くなってきた。渋滞という程ではいが、帰りは少し遅くなるかもしれない。進むのが遅くなった前の車を見て、苗字が言った。

「わ、混んでますねー」
「世間はクリスマスですからね...。そんな日に急に任務を入れて、お二人には本当に申し訳ないです」
「呪霊のせいだから仕方がないですよ。それに梅さんだってお仕事じゃないですか。気にしないでください」
「そう言って貰えると助かります」

梅津が柔らかく笑う。苗字は呪術界にもまともな大人はいるのだなあと妙なところに感心していた。ちなみに夜蛾はこんな日に任務を入れたので、既に彼女のまとも基準から外されている。

漸く東京の街中に入ると世間はクリスマス一色だった。闊歩する人々は友人や恋人、家族と笑いあっていて幸せそうだ。ちらちらと雪が舞う光景も相まって、苗字の心に染みた。窓を眺めながら、思わずいいなと呟いた。
そんな彼女の姿を、タイミングよく起きた五条が後ろの席から見ていた。部活漬けだったという彼女は余程クリスマスを楽しみにしていたのだろう。珍しく相手を気の毒に感じた彼は、ふと何かを思いついて梅津に声をかけた。

「梅さん、俺と名前をこの辺で適当に降ろして」
「寝起きに何言ってんだ」
「寄り道するから付き合え。てことで梅さんは先に高専に戻っててくださいよ。俺ら電車で帰るから」
「分かりました。そこのコンビニに車を停めますね」

五条の意を汲んだ梅津はすぐにコンビニに車を停めた。彼は学生二人に楽しんでと笑って言い残し、高専に帰っていった。すっかり暗くなった空の下に降ろされた苗字は状況が飲み込めず、隣を見上げて尋ねた。

「どこに行くんだ?」
「教えねえ。黙って着いてこい」
「無茶苦茶だな」

歩き出した五条に苗字がついて行く。黒ずくめの二人の服装は世間の雰囲気からは随分外れていたが、誰も彼もそれぞれの幸せな時間に浸っていて他人に興味を持ってはいないようだった。苗字はぶつからないように人を避けながら、五条の背中を追う。どこまで行くのだろうと考えていると、彼はとある大通りの前で立ち止まった。彼らの眼前には白と青の星屑を散りばめた様なイルミネーションが広がっている。苗字は思わず感動の声を上げた。

「綺麗...!!」
「見たかったんだろ」
「うん! ありがとな!」

その言葉を聞くと五条はニッと笑った。眩い光を背景に笑う彼の姿があまりにも綺麗で、苗字は一瞬言葉を失う。端正な顔立ちなのは重々承知していたが、今夜は格別に思えた。青と白の輝きは彼の為にあるのかもしれないと錯覚しそうだ。
彼女の胸中にはお構い無しの五条は親指で背後の大通りを指した。

「奥行くぞ」

彼はそう言うと苗字の手を引いて歩き出した。苗字は突然のことに戸惑ったが、人混みではぐれないように繋いでるだけだろ、と自分に言い聞かせた。うるさい心臓の音を無視するにはそうするしかない。
手を引かれるままに歩いていくと、彼女は目を見開いた。赤と白で有名な建物が今日はオレンジ色に輝いている。

「東京タワーだ...!」
「田舎くさい反応すんな」
「うるせーよ」
「写真撮るか?」
「...撮りたい」

そう言って苗字は竹刀袋から携帯を取り出した。折りたたみ式のそれを開いて東京タワーを背景にしてカメラを構える。しかし悔しいことに、この角度では五条が写らないことに気づいた。

「屈んでよ」
「タワー撮るんじゃないのか」
「せっかく連れてきてもらったし、思い出に残したい」
「...貸せ。俺が撮る」

彼女の手から携帯を奪った五条は、視線の高さを合わせてボタンを押した。シャッター音の後に画面を確認すると、並んだ二人の隙間からオレンジの光が見えるように撮れていた。苗字の笑顔は少しぎこちないが満足そうな顔だ。彼はこれではどちらがメインなのか分からないな、と可笑しく思いながら携帯を返した。

「名前、それ後で俺にも送っといて」
「分かった。...五条」
「ん」
「本当にありがとう。オマエ、最高だよ」

嬉しそうに笑う苗字を見て、五条はこの笑顔こそ写真に収めたいと感じた。彼は急に襲ってきた甘い感情を振り払うため、いつもの態度をとるように努めた。

「そりゃどーも。どうせならメインデッキまで登ってくか?」
「写真撮れただけで満足だよ。時間も遅いし、帰ろうか」
「分かった。...はぐれるから手ぇ貸せ」

五条は再び苗字の手を掴んだ。彼女が何も言わないのを肯定と捉え、そのまま歩き出す。
しばらくして会話が始まると二人はいつものペースを取り戻し、すれ違う人混みに散々文句を垂れながら駅を目指した。彼らは冬の冷えた空気を肌身に感じながらも、手だけは確かに熱を共有していた。

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