令聞令望

高専の稽古場にて苗字は一人で訓練をしていた。組手を頼めそうな人物は揃って任務に出かけており、家入は来客があるからと言って姿を消してしまった。
木刀での素振り、筋力トレーニング、呪力のコントロールなど指南書を片手に奮闘すること一時間。汗だくになった彼女が休憩をしていると家入がやってきた。

「名前、紹介したい人達がいるんだけど」
「んー?」
「こちらは歌姫先輩と冥さん。二人とも先輩だよー」
「えっ!」

苗字は家入の後ろに立っている二人の人物を見て驚いた。今まで校内や寮の共有スペースで男の先輩を見かけることはあったが、女の先輩がいることは初耳だ。黒髪の和服を着た人物が一歩前に出た。

「初めまして。私は庵歌姫。よろしくね」
「は、初めまして、苗字名前です。挨拶が遅れてしまってすみません!」
「気にしなくていいのよ。今まで冥さんと遠方の任務にばかり行っていたから、全然高専に顔出してなかったし」

庵は手のひらで隣にいるポニーテールの人物を指した。家入は先程先輩だと紹介したが、この人物は庵よりもさらに歳上だろう。大人と言うに相応しい所作で彼女は苗字と握手を交わした。

「私は冥冥。今はフリーで呪術師をしているんだ。君の話は以前から耳にしているよ」
「私の?」
「夏油君は小柄だけど威勢のいい子がいるって言っていたね」
「アイツ...!」
「フフ、五条君は何だったかな...。確かチビ助とか言っていたはずだけど」
「うわ! 変なあだ名覚えないでください!!」

苗字が顔を赤くする。横で家入が笑っているのも納得がいかない。そのような中、冥冥は穏やかに尋ねた。

「今から組手をお願いしてもいいかな?」
「むしろこちらこそ良いんですか」
「勿論」

冥冥が穏やかに笑って頷いた。優雅な雰囲気を纏っているが、相当な実力者なのだろう。彼女が構えると苗字は気圧された。
家入の掛け声で組手が始まる。開始直後は健闘していた苗字だったが、冥冥の見事な手捌きによりあっという間に負けてしまった。彼女は荒い息のまま冥冥を見上げた。

「冥さん、めちゃくちゃ強いですね」
「君こそやるじゃないか。夏油君と五条君が褒めるわけだよ」
「あれは褒めたうちに入りません!」

冥冥は床に寝転がった苗字の手を引いて立ち上がらせる。二人が話しているのを見ながら、庵が感心して呟いた。

「あの子すごいね。途中までついていってたじゃない」
「クズ共と違って真面目に訓練してますからね」
「...そういえば五条達はどこ?」
「今二人で任務に行ってます」
「良かったー。アイツらがいたらどうしようかと思った」

五条のことが本気で嫌いだという庵は胸を撫で下ろした。
しかし、噂をすれば影がさすもので、彼女の背後から二人分の声が聞こえてきた。振り返らずとも嫌いな人物だとすぐに理解した。

「あっれー。歌姫じゃん。怪我でも治しに来たの?」
「冥さんもいるじゃないか」

先輩に対する敬意をまるで持ち合わせていない五条と、慣れた様子でスルーを決め込む夏油。庵は青筋を立てて吐き捨てるように言った。

「最悪なのが揃ったんだけど!!」
「やあ、まさか二人にも会えるとはね」

冥冥との関係は良好なようで穏やかな対応だ。五条は睨みつけてくる庵を無視して冥冥に尋ねた。彼の優先度はそちらが高いらしい。

「ていうか冥さん、刀は貰えた?」
「そうだ。それも聞こうと思ってたんだ」

何かを思い出したように冥冥が苗字の方を見る。刀と言えば自分のことだろうか、と不思議に思った苗字は首を傾げた。

「...? 冥さん刀が必要なんですか?」
「君が作った刀はいくらで売れるのかと思ってね」
「売っ...!?!?」
「フフフ、冗談だよ。ただ私は金が何よりも好きなんだ」
「お、お金に困ったら言ってください...考えておきます」
「嬉しいな。その時は頼むよ」

冥冥は笑って苗字の肩を優しく叩いた後、庵に帰ろうかと呼びかけた。庵は頷いて可愛い女子の後輩にだけ顔を向ける。

「じゃあまたね、硝子。名前はそのうち任務で会うかもね」
「はい! よろしくお願いします!」
「歌姫先輩、お元気で〜」

手を振っている庵に苗字が頭を下げる。同級生以外と任務に行ったことはないので今から楽しみだ。和やかな雰囲気だったのだが、五条と夏油の発言がその場をぶち壊した。

「任務っつっても、歌姫ってチビ助より弱いんじゃね」
「さすがにそれは...とも言えないな」
「うっさいわね!」

庵が怒鳴っても男子二人は気にも止めない。苗字と家入はその光景を見ながら、失礼なヤツらだなとヒソヒソ愚痴っている。五条との言い合いがヒートアップする前に庵を引き剥がして冥冥と共に見送った。
来客がいなくなった後、苗字は密かに日本刀がいくらで売れるのか調べておこうと考えた。

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