百花繚乱:上

※流血注意


高専を囲む山の木々が美しい紅色に染まった頃、一年生全員で研修旅行に行くことになった。研修旅行と言えば聞こえは良いが、要するに地方での泊まりがけの任務のことだ。
四人は観光地が良いと駄々をこねたが夜蛾に上手く言いくるめられ、現在通行止めとなっているトンネルの前に立っていた。田舎という言葉に相応しい山道にあるその場所は土地開発で崩されるはずだったのだが、工事に取り掛かろうとする度に不可解な事故が起こるらしい。先週は遂に死人が出てしまい、高専が担当する案件となったのだ。

「悟、何か見えるか?」
「いや、中は何もないな。多分トンネル出たところが一番やばい」

五条がサングラスを外し入口からトンネル内を視るが、残穢が微かに残っているだけだ。さほど長くないトンネルの出口の方からは禍々しい呪力を感じる。通り抜けてみるか、という夏油の言葉を聞いた苗字は刀を生成して家入に手渡した。彼女は戦闘は専門外だが、何も持たないよりは護身用になるだろう。

「じゃあ硝子はこれ使って」
「ありがと。便利だな」

家入が武器を受け取り、四人はトンネルへと足を踏み入れた。
五条と夏油が懐中電灯で足元を照らしながら歩いていく。その後ろに家入と苗字が刀を握ったまま続く。アスファルトが割れて足場が悪い上に、トンネル内の電灯は切れている。相当長い期間使われていないのだろう。ざりざりと音を鳴らしながら、外の光を目指す。
トンネルを出ると、本来道路が続いているはずの場所は岩や土に埋もれていた。夏油は困ったように呟いた。

「崖崩れか...これ以上は進めないな」
「残穢の割には何もいねえ。不自然だ」

五条の視界には何も怪しいものは映らない。
しかし、突如後方で巨大な呪力が発生した。反射的に振り返るとトンネルに引きずり込まれていく苗字と家入の姿が目に入った。黒い蔦のようなものが体に絡みついている。

「名前! 硝子!」
「オマエら!! 地面だッ!!」

苗字が叫ぶと同時に足元が隆起した。五条達は間一髪で距離を取ると、四足歩行の呪霊が雄叫びを上げて地面から飛び出した。鼓膜が痺れたように反応する。呪霊の背後に高い土の壁が現れ、トンネルを塞いだ。

「クソッ!!」
「悟、早く終わらせて二人の所へ急ごう」
「言われなくてもそのつもりだっての」
「グウウうウゥゥゥオオおぉぉおオオ」

再び雄叫びを上げる呪霊に二人は臨戦態勢に入った。

___トンネルに引きずり込まれていった苗字と家入は中間地点に辿り着くと、自由の身になった。周囲に呪霊の気配があるのは分かるが、トンネル内は真っ暗で何も見えない。入口も出口も塞がれたようだ。
苗字は懐中電灯の生成を試みた。縛りを破ることになるが、自らに科したものなので身体に傷を負うくらいだろうと判断した。作業をしながら隣の家入が無事か確認する。

「硝子、大丈夫?」
「私は平気」
「良かった。私が戦う間これで照らしといて欲しい」

出来上がった大きな懐中電灯を家入に手渡す。周囲が見えるようになったが、そのおかげで苗字の血だらけになった顔も晒された。鼻血とも吐血とも判断がつかない液体を袖口で拭う。やはり刀以外を作るのは燃費が悪い。息が上がっている彼女を見て、家入の声に不安の色が滲んだ。

「名前の縛り、破ったのか」
「見えないよりマシでしょ。ちょっと血が出ただけだから、戦える。ここで待ってて」
「...了解。終わったらすぐ治す」
「おう」

安心させるように力強く頷く。そして今家入を守れるのは自分だけだ、と気合いを入れた。
苗字が刀を握り直し、気配のする方へ振り返ると屈強な肉体の呪霊が立っていた。ぼんやりと照らされた中で、伸縮自在の蔦を見せつけるように両腕を広げている。この呪霊は相手を煽る程の知性があるようだ。

「アアああハハッハハッはハッハッ」
「笑ってんじゃ、ねーよ!」

刀を振り上げ、斬撃を飛ばす。敵が避ける方向に合わせて距離を詰めて斬りかかった。彼女に絡みつこうと伸びてくる蔦を素早く往なす。
斬った端から蔦が再生していくが、限度があるらしい。僅かに再生が鈍った箇所を見抜いた苗字はそこに刃を叩き込む。しかし手応えを感じたのも束の間で、死角から苗字の腹に拳が叩き込まれた。ふらついた瞬間に首を掴んで持ち上げられる。

「アアハハッアアハハはアッ」
「うう"っ、ゲホッ」
「名前ッ!」

咄嗟に家入が横から割り込んで呪霊の手首を斬った。首を掴んでいた手が地面にボトリと落ち、歪な悲鳴がトンネル内で反響する。

「い"イイいいアアアああぁぁぁ」
「っしゃ、ナイス!」

自由になった苗字が体勢を建て直して攻撃する。胴体に斬撃を食らった呪霊は身を大きく捩らせた。とどめを刺そうと刀を構えた刹那、呪霊の身体が怒りに震え、呪力が強まった。

「ああッアアアハ!!ハははッ!!!」
「ん"ッ!!!」

相手の手刀が苗字の喉に直撃し後方に吹き飛ばされる。反射的に受け身を取ろうとしたが、背中にコンクリートの衝撃が来ることはなかった。代わりに空中でピタリと静止している。彼女がまさかと思って振り返れば、薄暗い中でもはっきりと分かる白髪が視界に入った。隣にはもう一人の同級生もいる。

「何やられてんだよ、チビ助」
「遅くなってすまない」
「ご、じ、ゲホッ...げ...と、」
「喋んな。喉潰れてんだろ。硝子、コイツよろしく」
「任せて」

五条が無限を操作して苗字を地面に下ろした。家入による治療が始まると、緊張の糸が切れた苗字は意識を手放した。最後に夏油の声が聞こえたような気がしたが、理解する間もなく遠のいていった。

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