酔眼朦朧

※お酒は二十歳になってからです!


いくつもの任務に派遣された苗字は功績が認められ、晴れて二級術師に昇級した。普通よりも早い昇級らしく担任からはとても褒められた。同時に五条と夏油の昇級査定が来年度までに行われると決まったのだが、彼らの実力からすれば昇級は確定したようなものだ。
繁盛期が過ぎ去ったある日、一年生四人は昇級祝いと称して夏油の部屋に集まっていた。

「カンパーイ」

苗字の声と共にグラスがぶつかる子気味良い音が響き麦茶が波を打った。四人で囲んだ低いテーブルに大きなピザの箱を広げ、それぞれ好き勝手に頬張る。
ふと苗字が床に目をやると、置かれたビニール袋からは大量のお菓子のパッケージが顔を出していた。ピザの買い出し担当の彼女も多く買ってきたつもりだったのだが、お菓子の量に驚いた。

「お菓子多くない?」
「悟が片っ端からカゴにいれたんだ」
「どうせ割り勘だからな」
「うわ、余ったら自分が持ち帰るくせに」

五条は否定もせずに笑った。
オリーブはいらない、サラミは寄越せ、ラストの照り焼きを取るな、などなど。主に五条と苗字のやり取りが繰り広げられる。その間に夏油が最後の一切れを横取りした時は喧嘩になりかけた。
苗字はグラスに残っていた麦茶を飲み干してしまうと、隣にいた家入に声をかけた。飲み物買い出しの担当は彼女だ。

「硝子、ジュースある?」
「この袋の中。テキトーに買ってきたから好きなのを取りな」
「ありがと」

手渡された袋には缶ジュースが何本も入っていた。オマエも割り勘だからって大量に買ってきたのか、と思いながら苗字は袋を探る。初めて見るロゴの缶をひとつ見つけたので手に取った。プルタブを引いて早速口をつけると、爽やかなレモン味が口に広がり炭酸が喉を刺激した。美味しくてそのまま半分ほど飲む。だんだん身体が温かくなってきた気がする。不思議な気分だ。

「ねえ、これ、ちょーおいしい」
「名前にはまだ早かったか」
「なにー?」
「引っつくな」

顔を赤くした苗字が家入にもたれかかる。彼女が握りしめている缶を見て、何かに気づいた夏油が眉を顰めた。

「...その缶は酒じゃないのか?」
「あーバレた? 夏油も飲むなら袋に入ってるよ」
「いや、やめておこうかな」
「勿体ないなー」

家入は袋に手を入れて別の缶を取り出す。もたれかかっている苗字の顔は真っ赤だというのに、平気な顔をして飲み始めた。見ていた五条が鼻で笑う。

「やっぱガキだなコイツ」
「悟だって飲んだことないだろ」
「うるせえな。飲めるに決まってんだろ」
「私水買って来るから名前のこと見といて」

言い合いがヒートアップする前に家入が立ち上がった。ドアが閉まると、置いていかれた苗字は呂律の回らない舌で悲しそうに名前を呼んだ。

「しょーこが」
「大丈夫。すぐ戻ってくる」
「幼稚園児かよ」

普段の彼女なら五条に言い返していたはずだが、今は気にしていないようだ。彼女が持っていた缶に再び口をつけようとしたので、直前で夏油が取り上げる。

「とりあえず、これは没収だね」
「かえして、」

取り返そうとした苗字はふらついて転びそうになった。夏油がすかさず受け止めてやる。

「危ないだろう」
「げとうやさしー」
「はいはい」

苗字はペタンと床に座り込むと夏油の肩に頭を乗せた。彼は突き放すことなどせずに、あやすような手つきで背中を撫でてやる。一連の流れを傍で見ていた五条は舌を出すジェスチャーをした。余程気分を害したようだ。

「傑、甘やかすなって。気持ち悪い」
「嫉妬かい?」
「頭沸いてんのか」
「...ごじょう、おこってる?」

二人の声を聞いた苗字がとろんとした瞳で五条を見上げる。顔を赤らめて弱々しい表情を浮かべるので、彼は一瞬言葉に詰まった。

「...怒ってねーよ」
「えー、よかった」

苗字は嬉しそうにふにゃりと笑った。またしても五条が言葉に詰まったところで、家入が帰ってきた。夏油がおかえりと声をかける。

「何これ。どういう状況?」
「硝子が遅いから名前が待ちくたびれたんだよ」
「ごめんごめん。先輩に捕まってた」
「出たよアイツら。女子にばっか声かけやがって。ていうかコイツ回収しろよ」

五条が嫌そうな顔で苗字を指さす。彼女は相変わらず夏油にくっついたままだ。家入は笑いながら携帯を開いて写真を撮った。素面に戻った時に見せてやるつもりだ。

「面白いからそのままでいいだろ」
「私からも頼むよ。悟が妬いて大変なんだ」
「ははっ! ウケる」
「ふざけんなよ」
「分かったってば。おいで名前、クズ共に食われるぞ」
「は?」
「私を含めないでくれないか」
「しょーこがいいー」

家入が座って手を広げると、苗字は迷わずそちらに飛び込んだ。イラつく五条と心外だという顔をする夏油を放り出し、女子二人はくつろぎ始めた。
家入から写真を見せられた苗字が夏油に謝り倒すのは数時間後のことであった。

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