錦上添花

※煙草は二十歳になってからです!



構築術式で一度生成された物質は術式終了後も消えることはない。苗字は生成した武器が戦闘で壊れない限り、持ち帰るようにしている。次回の任務でその武器を使えば呪力消費を抑えられるからだ。
ところが、彼女は鞘を生成できない。剥き身の刀を部屋に溜め込むのは如何なものか。そう思って夜蛾に相談したところ、業者に頼んで鞘のみを作ってもらうことができた。彼女が作る刀は全て同じ形なので、それに合わせた鞘を量産するのは安易だそうだ。今まで布を何重も巻いて持ち運んでいたが、これからはその必要もない。
しかし、それは高専内の話である。本格的に任務に参加するようになった今、現地に向かうまでに街中を通ることが増えた。職質を受けるのは避けたい。そういう訳で、彼女は竹刀袋を買いに行くことにした。制服が袴なので、中身さえ確認されなければ部活道具に見えなくもないはずだ。

「...という事で、買い物に付き合ってほしい。私まだ土地勘無くてさ」
「いいよー。私も買いたいものあるし」
「ありがとう硝子!」

苗字と家入は互いに予定が空いていた週末に行くことにした。家入の買いたいものは行くまで秘密と言われてしまった。

___そして迎えた週末。彼女たちは私服姿で街中を歩いていた。制服以外で外出したのは久しぶりかもしれない、と苗字は思った。ここ最近訓練や任務で忙しかったので良い気分転換だ。

「硝子、めちゃくちゃオシャレだな」
「そう? 名前と変わんないよ」
「ないない。硝子は私と違って大人っぽいしなあ」
「雰囲気は化粧でいくらでも変えられるって」
「化粧かあ。まだちゃんとやったことないんだよねー」
「せっかくだし化粧品も見に行ってみる?」
「え! 行きたい!」

呪術師とはいえ、彼女たちもれっきとした女子高生。買い物の類が好きなのだ。一般的な高校生よりも金銭に余裕があり、少し贅沢ができるので迷わずデパートに向かった。
苗字は家入にいくつか似合う化粧品を見繕ってもらい、さっそく購入した。店の人に誘われて軽く化粧をしてもらうと、鏡に映った自分はとても大人びて見えた。家入に褒めて貰えた苗字は大いに喜んだ。その後、家入が切らしていたというスキンケア用品を購入しデパートを出た。

「じょ、女子高生っぽい...!!」
「そりゃあ一応女子高生だし。まあ最近呪霊が増えて物騒な任務ばっかだったからね」
「いつ頃収まるかな?」
「夏さえ終わればマシになるよ。だから二、三年は交流会やる余裕ができるし」
「何それ?」

交流会の説明を聞きながら、本来の目的である武具店へ向かった。防具が並べられた店内で苗字は丈夫そうな竹刀袋探す。木刀も入る大きめの物を購入し、すぐに用事は終わった。

「じゃあ次は私の用事を済ませに行くか」
「おっけーい」

家入について行くと大通りから外れた道に出た。古びた店が並び、ところどころシャッターが閉まったままだ。どこに行くつもりだろうか。苗字が疑問に思いながら歩くこと数分、目的地にたどり着いた。錆びた看板には「たばこ」の文字。

「もしもーし、硝子さん? おいくつでしたっけ?」
「すぐ買ってくるからここで待ってて」
「おい」

彼女は悪びれもせず、手動のドアをスライドして店内に消えていった。家入が煙草を吸っているのは知っていたが、てっきり先輩から貰い物だと思っていた。まさか自分で購入していたとは。そもそも吸っていること自体おかしいのだが。もしかして呪術師としては珍しくないのだろうか。苗字が店先で色々考えていると見知らぬ三人の男達に声をかけられた。

「ねえ君、今から時間ある?」
「俺らとカラオケいかない? もちろん奢るよ」
「いや、結構です」
「そー言わずにさー! もちろん酒代もこっちが持つから!」

煙草屋の前にいたので成人していると思われたのだろうか。それとも化粧の効果だろうか。苗字が呑気に思っている間も、酒臭い男達がヘラヘラと笑いながらしつこく誘う。どうしようか迷っていると丁度店から家入が出てきた。

「待たせてごめん。行こうか」
「ちょっとそこのお姉さん。この子のお友達?」
「今カラオケ行こうって話しててさあ」
「二人とも美人だし、来てくれたら嬉しいな〜」

苗字と家入は露骨な下心を隠そうともしない男達に嫌気がさし、無視して通り過ぎようとした。その瞬間、中央の男が雰囲気をガラリと変え苗字の腕を掴んだ。先程の笑顔は見当たらない。

「テメェら何黙って行こうとしてんだよ」
「ちょ、」

腕に力を込められ、苗字は顔を顰めた。呪力を込めて殴るか迷った時、別の拳が男の顔を殴った。その男は地面に倒れ込み残り二人が駆け寄る。

「何してんだよ」
「彼女たちが嫌がってるだろ」

現れたのは制服姿の五条と夏油だった。高い位置から男達を見下ろしている。五条は指をバキボキと鳴らし、ドスの効いた声で言った。

「さっさとどっか行け。オマエらも殴られたいか?」
「す、すいませんでした!!」
「失礼します!!」

殴られていない男二人は物凄い勢いで頭を下げると、倒れた男を抱えて走り去った。五条は振り返って不機嫌そうに尋ねた。

「オマエらなんでこんな路地にいんだよ」
「私の買い物に名前を付き合わせた」

家入が手に持っていた袋を掲げると、同級生達はすぐに察した。呆れた夏油が口を開く。

「こんな場所、女子二人だけで来るのは控えた方がいい」
「最悪術式があるし大丈夫だって」
「何かあってからでは遅いだろう」
「保護者か」

楽観的な苗字とツッコミをいれる家入。危機感のない彼女らに夏油は説教するのを諦めた。解放された苗字は五条の方に向き直った。

「五条」
「なんだよ」
「さっきはありがと」
「...別に。傑、早く行こうぜ」

五条は苗字から顔を逸らし、夏油に声をかけた。彼の素っ気ない態度に苗字は首を傾げる。路地にいた事がそれ程気に食わなかったのだろうか。その様子を見ていた夏油が代わりに謝った。

「すまないね二人とも。私たちこれから任務なんだ。気をつけて大通りの方に戻りな」
「はいよー。任務頑張ってな」
「じゃあなー」

女子二人は軽く手を振ってその場を後にした。苗字が頑張ってと最後に声をかけた時も五条は目を逸らした気がするが、サングラス越しなので定かではない。
この後、彼女は昼食に家入のおすすめの店を紹介してもらい、美味しい料理を食べた頃にはすっかり気にならなくなっていた。

一方任務に向かった夏油達はこんな会話を繰り広げていた。

「可愛いの一言くらい言えば良かったじゃないか」
「頭大丈夫か? チビ助は何してもチビ助だし可愛くねーよ」
「誰も名前とは言ってないけど?」
「...っ、オマエの呪霊ごと祓ってやろうか」
「ムキになるなよ」

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