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「以上で来年度の予算会議を終了する。異議異論のあるやつは俺が直に聞くから後で生徒会室に来るように」
死ねということですか!!?
会議に参加していた各部や委員会が揃って心を同じくした。
この学園の生徒会長は、学園始まって以来のカリスマとして名高い。が、同時に、己の意に染まぬことには徹底的にどこがどうダメか一から十まであげ連ねるという精神攻撃をしてくる横暴さで有名でもある。加えて、その親衛隊の規模も学園史上類を見ない最大規模である。
会長に抗ってはならない。それが、この学園で生きていくための鉄則である。
この後意見を一言言おうものならば、それは異議異論として精神攻撃と横暴をぶつけられた後消されるというフラグを立たせるも同然である。
その場に居合わせた面々は想像してさあっと青褪めた。
今回の予算会議では、予算縮小されたところが数多い。
完膚無きまでに叩かれたが、例年よりも縮小された予算にこれではやっていけないと嘆く者は多かった。叶うならば、ほんの少しだけでも予算縮小を減らしてもらえないだろうか。
と、この後「お願い」をしに行こうとした者も数多く。本心を見抜かれ、挙動不審になっていた。
「どどどどどうしよう!!」
「これじゃ部員に顔合わせらんねえよ!」
「ああああああああオワタオワタオワタ!!!野球部の運命オワタ!!!」
「廃部……廃部、か……」
ある者らは顔を見合わせ、ある者は現実逃避して踊りだし、ある者は壁に頭を打ち付ける始末である。
しかし、裸足で逃げ出したい現実から逃避する力はあれど、会長に逆らうような勇気はなかった。
そして、原因を作った張本人が帰った現在、第一会議室には暗雲だけが立ち込めていた。










「はぁ……。やっぱり真嗣に反対する人なんていなかったじゃないですか」
重苦しい溜息とともに、副会長三条院かをるは唇を尖らせた。
「うるせえ。俺は、異論があれば来いと言ったはずだ」
生徒会室の一番奥にある椅子にどっかりと腰かけ、会長在原真嗣は反駁する。
「あんなのただの建前に過ぎないに決まっているじゃないですか。真嗣に異論あるから来ます、なんてバカこの学園にいませんよ」
「骨のねえふにゃちん野郎ばっかだな」
「あなたねえ……自分のやってきたこと、分かってます?」
もう一度溜息を零しそうになりながらも、すんでのところで止めた。
コツコツ、と窓を叩く音がしたからだ。
二人が揃って視線を向けると、
「やあ、真嗣。久しぶりだね、会いたかったよ」
「……」
「……」
頬を引き攣らせた。
「お前……昨日も来ただろうが」
「というか毎日来ていますよね。ていうか、ここ何階と思っているんですか三階ですよ?どうやってここまで登って……いえ、いいです。喋らないでください」
身も蓋もないセリフを長々と言って、三条院は席を立った。
男は真嗣の傍らに降り立つ。相変わらずキラキラしていて五月蝿い。
「昨日も今日も同じだよ。君に会えない時間は、永劫の時と同じだ」
「うさんくせえ」
まるで当然のように伸ばされようとした腕を体ごと押し退け、しかつめらしい顔で真嗣は席を立つ。
この顔だけは無駄にいい、キラキラを振りまく男は、名を相葉キラという。本当にそのままの男だな、と聞いた瞬間言ってしまったが、芸名なのだと言う。
本名は柏葉裕三。このキラキラからは縁遠い、どうしてそんな名前になったと物申したくなるほど芋くさい。
キラは、すっと視線を下げて真嗣の左手を見詰めた。そこには、先日キラが花嫁となる証にと送った指輪が薬指につけられていた。
あの日、真嗣は抗えないと悟った。それを全て見越し、キラは真嗣の許可なく指輪をはめたのだ。恭しく口付けを落とし、愛おしそうに薬指を撫でた。
果ては自分の左手にもつけろと迫り、真嗣が折れる形で渋々と指輪をつけてやった。
こうなっては、引き下がれない。分かっていながら。
真嗣は、跡継ぎである。名の示すとおり。弟がいるが、跡継ぎとして表舞台に立っているのは真嗣だ。
それなのに、こんな指輪をしていてはいい注目の的だ。相手がこの無駄にキラキラしたやつとバレていないことだけが唯一の救いである。それもいつ表沙汰になるか分からない危険な爆弾だ。
それでも、あの時、真嗣は抗わなかった。
抗えなかった、と言い訳をすることも出来る。しかし、それは己のプライドが許さない。
この俺が、押しに負けて指輪をはめるなんてあるわけがねぇ。
それに、
「ねぇ、真嗣。愛しているよ」
「・・・ああ」
俺も惚れてるんだ。
「今度、泊まっていい?」
なんて、絶対言わねぇ。

「帰れ」
「ええ?夫が初めて泊まるんだよ?」
「知るか。俺は学生なんだよ。テメエの都合に付き合ってられるか」
「ええー」
らしくなく、キラキラした顔で唇を尖せらせる男を一瞥して、ソファーに座った。
「俺が泊まってやるからテメエが都合を合わせろ」
途端、キラはパアッと表情を明るくした。やけにキラキラを増やして。まるで犬の耳と尻尾が見えそうだ。
物凄い勢いで抱き付いてくる男を仕方なしに受けとめ、真嗣は嘆息した。
「退け」
「やだ」
「かをるが茶持ってくるから退け」
「いや」
「おい」
「・・・」
「コラ」
「・・・」
どうやら駄犬は甘やかされ過ぎたようだ。甘えが足りないと飼い主に要求してくるなんて、躾直しだ。
その前に、
「早く退け、ーーーキラ」
飴をやったほうが飛び付くだろう。と、普段は絶対に呼ばない名前を呼ぶ。
すると、犬は嬉しさを隠せず尻尾をぶんぶん振って素直に従った。
「この駄犬が」
「うん」
しかたない。飴を前払いしてやるか。
「おい、そこのバカップル、イチャつくのやめろ」
但し、躾の後の飴は無しだがな。
真嗣は、飴がないと落ち込む犬を想像して不敵に笑った。
「くっつくな、駄犬が」
早々に飴を切り上げて。
     
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