ふわり、と浮上した。
 どうやら眠っていたらしい。
 浮上が覚醒だったと、目に映ったもので判断する。
 すっかり使い古し、だるさしか訴えて来ない体を起こした。
 まだ、夜明けを迎えていないらしい。室内は暗く、夜目に慣れていない目では何も見えない。
 しかし、ここがどこか、とかはすぐにわかった。
 いや、わかっていた。










 真鍋一弥が再び俺の前に現れた日。
 正直、俺の中での真鍋一弥は全く記憶に残っていなかったので、自己紹介をされたところで思い出すはずもなかった。
 仕事を終え、そんなことも露知らず、さあ帰ろうとした時。俺は、真鍋一弥に引き留められた。
「俺のこと、覚えてる?」
 ここじゃなんだから、とかなんとか言って、会社から一番近いカフェに入って開口一番にそれだった。
 なんのことだ。と、内心では首を傾げながらも、取り敢えず一服した。
 俺はこんな性格だったから、こんなねじ曲がった人生しか歩んでいない。だから、今を大事にする。俺の立場が安定してて、尚且つ良い思いが出来ればそれでいい。過去のヤツは踏み台にすぎず、だからと言って踏み台にされるのは嫌だった。
 そんな根性も性格もねじ曲がったようなヤツに何を思い出せというのか。
「覚えてないよね」
 真鍋一弥は、すぐに諦観したように笑った。至極残念そうに。
 当たり前だろ、ともう一服。
 こんなことで呼び出したというのなら、時間の無駄だ。正直、彼女がアパートで待っているだろうし、早く帰りたかった。
 彼女は少し遅くなっただけで浮気だなんだと五月蝿い。そろそろ別れ時かと思わなくもないが、彼女というステータスは欲しいし、何より家政婦がいなくなるのは困る。
 俺が他に意識を飛ばしていると、真鍋一弥は一枚の写真を差し出した。
「どうする?」
 俺が、瞬き一つ出来ず、息をのんだのとほぼ同時だった。

 その日から、俺は、真鍋一弥と不毛な関係を続けている。
 あの日、写真には、不正の証拠があった。それも、俺の名前で。
 俺には、不正の覚えもなかった。しかし、名前は明らかに俺のものだった。
 俺は根性がねじ曲がってて、やる気とかもなくて、どうしようもないやつだ。親に見放されず、友人達と適度な付き合いができて、仲間はずれなんてことにならないようにやってきた。
 だけど、俺は不正とかそういった類のやつはどうしても出来ない。いや、だからこそ、かもしれないが。
 その後のことを考えると怖いのだ。俺は今のままで十分に満足しているしこれ以上を望んだりはしない。そりゃあ出世とか結婚とかしたいことは沢山ある。けど、不正をして一足飛びに出世したところで待ち受けているのは地獄に叩き落とされる結末だとわかりきっているのだ。だから、怖くて出来ない。俺は小心者だ。
 それなのに、あの日あいつの手にあった、俺に見せられた写真には俺の不正の証拠がハッキリと記されていた。勿論俺にはやった覚えは無い。
 いつ、どこで。
 そんなことより、何故。
 考えても、答えなんて明白だ。
 要するに、俺は上手く出来なかったのだ。
 会社でバカな七光りの金魚の糞に撤していたのに、俺は所詮それ以下だったのだろう。どうせあのバカが横領か何かして、それがバレそうになって咄嗟にちょうどそこにいた俺を捕まえたのだろう。
 そう。俺が金魚の糞宜しく付いて回らなければ起きなかった。俺は切り捨てられたのだ。ごめん、と謝罪もなしに。まるで当然のように。
 どうしよう。 怖い。怖いのだ。今まで上司にそれっぽいことをにおわされたら、バカなフリして逃げてきた。それなのに、その努力も虚しく一瞬で霧散した。
 俺は失うのだろう。地位、名誉、職。―――生きていくこと。
 これが表沙汰になれば俺は生きていけない。身代わりに科せられる罰は、適当な金を握らされて、一生口を閉じて生きていけという最後通牒。
 今まで積み上げてきたものも虚しく、俺は、結局こうなのか。嫌だ。まだ、俺は生きていたい。こんなところで終わりたくない。
 隠さなければ。
 俺の頭を過った。それを見ていたかのように、目の前の男は口角を少しだけ持ち上げた。
 そうだ。殺人とかはダメでもなんとかなる。本当に警察とかに突き出す気なら、ここで見せるなんてことはしていない。
 まだだ。まだ、希望はある。
「条件がある」
 そして、提示されたのは一つの条件。
 俺は、一も二もなく飛び付いた。
 仮令、それが、俺のプライドとかをぶち壊すものだとしても。俺は、まだ、死にたくなかった。
     
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