こちらの続き

あんずちゃんに手伝ってもらった企画は大成功だった。
あれから明星くんとは会ってない。姿も校舎自体が違うので見かけもしなかった。彼とのやりとりが私に何か大きな影響を与えたとかではないんだけどなんだか小骨が喉に刺さったような何か少し違和感のようなものを残している。しかし違和感の正体がわからない。罪悪感だろうか。なんにせよクヨクヨしても仕方ないだろう。季節はもう冬を迎えていた。
さて、と生徒会室の扉を開けると衣更くんと目が合う。にか!と明るい笑顔で生徒会室がワントーン明るくなった気がした。

「お、名前。急に呼び立ててごめんな!」
「衣更くんと私の仲じゃん、気にすんなよ〜」

と、冗談めかしたところで鋭い視線に気がついてしまう。ひえ〜、朔間凛月〜!!

「なんてね〜!生徒会長からのお呼び出しを無視する奴なんていやしませんよお」

ピュ〜!と口笛を吹いて高速で誤魔化したが朔間くんの湿気のある視線が外れることはなかった。

「お前なんかキャラおかしくないか?」
「わはは、本当にね。まあ私のキャラなんてどうでもいいのよ。何か用事だと思うけど、どうしたの?」
「ああ、名前にお願いしたい企画があってさ。詳細読んで気が向いたらでもいいんだけどなるべくであれば引き受けてほしいと思ってるんだ」

企画?と書類を受け取る。既に詳細は固まっているようだ。人の企画の責任者になってくれってことかな。
夢ノ咲のアイドルは自分で企画を立てることもあるが制度の問題で責任者は別で必要なのだろう。どれどれと詳細を見る前に参加者が目に入る。明星スバル。しっかりとその名が刻んである。
私は咄嗟に企画書を閉じた。

「なんか、ええと。私には荷が重そうな企画だねえ」
「自信ないんだ」

先程までおとなしかった朔間くんが食い気味に声をかけてきた。途端に空気がピリつく。

「え〜……?自信ないからごめんなさいしてるんですけどお?」
「え〜?二年もプロデューサーとしてこの学院にいてガワができてる企画の運営すら自信ないとかだっさ〜」

こいつ〜!!!と込み上げる怒りを抑えつける。いやでも!そう見えるのは仕方ないじゃない。
私が怒りを感じるのもおかしな話だ。

「そうだよね。でも企画自体ができてて責任者になるくらいだったら他にもやりたい人多いと思うしわざわざ私名指しで回ってくる仕事でもないよ。これ誰かやりませんか?って聞いたらほぼ全てのプロデューサーが名乗り出るでしょ」
「そこをなんとか!俺たちも卒業が近づいてきてるしなるべく付き合いの長いやつと仕事したいんだよ。卒業したら好きな奴らと好きな仕事だけしたいなんて我儘通らないのはお前もわかるだろ?」

確かに。それでもこの企画自体が私には相応しくないとわかるのだ。パラ、と企画書を再度開く。
感謝を伝えるライブ。外部の仕事ではなく校内で行うS2のようだ。一般客が入らない分自由度も高いし身内向けだ。その企画のテーマが感謝なのであれば私よりあんずちゃんに回した方が絶対にいいはず。なので丁重にお断りしたというのに。

「あれ、これ衣更くんも出るんだ」
「そうなんだよ。真も北斗も出るぞ!ああ、あと姫宮も出るかな。今回はユニット毎、っていうかこういうのやりたいな〜って話になって集まっただけのドリフェスなんだよ。まあドリフェスって言っても今回は別に優劣は決めるつもりはないからドリフェスですらないのかもしれないな。野良ドリフェス??」
「なんか、よくわからないね。ドリフェスなのそれ」

ペラペラと詳細を確認しながら閃いてしまった。
待った。これ、あんずちゃんに向けたやつなのでは。そうよ。だってこれあんずちゃんが責任者になったならステージを楽しむ前に運営に徹しないとならないじゃん。ドリフェスでもなんでもなくて自由があって一人に向けた企画を他のプロデュース科の面々が許すわけがないし嫉妬の矛先は必ずあんずちゃんに向くだろう。私なら目立つことなく責任者になれるしこっそりあんずちゃんをライブに招待することができる。
アイドルに恩返しするのも悪くないな。

「なんかよくわからないけどさ、いいよ。最高のものにできるようお手伝いします」
「ありがとな!まじで助かるよ」

朔間くんが視界の端でつまらなさそうにあくびをした。でかい猫のようだな。

「レッスンとかはこっちでやるからさ、名前は設営とか音響とかの打ち合わせをメインでお願いできないか?最終調整の時に全体を見て何かあれば言ってくれ」
「わかった。何か用意するものあったらそれも遠慮なく教えてね。なんか小物とか?花束とか?」

朔間くんと衣更くんが顔を見合わせて怪訝そうにしている。花束はやりすぎか?と私は咳払いをして誤魔化した。

「まあ、わかった。私が参加した方がいいスケジュールはあとで教えてもらえると助かります」

オッケ〜と軽い調子で返事をする衣更くん。
開催時期的にこれが私の最後の仕事だろう。人の企画が最後の仕事なんて実に私らしい。




早々に当日を迎えた私は少しだけ気合が入っていた。感謝を伝えるライブ。生徒会権限で講堂は立ち入り禁止になっている。
予想した通りあんずちゃんの招待を任された私は招待状を作成するほどだった。アイドルがどれだけあんずちゃんに感謝しているか私はきちんとわかっているのでその気持ちを尊重したかった。精一杯に煌びやかな渾身の招待状。それを受け取ったあんずちゃんは幸せそうに笑っていた。
あんずちゃんを席に送って舞台袖に向かう。舞台裏は緊張感があってそれだけの気合いを感じてなんだか私の方がドキドキしてきた。まあ、私が関わったことはそこまでないんですけどね。
舞台裏に置いてあるホワイトボードを眺める。小さい明かりに照らされて今日の進行が書かれていている。それを確認しているとぽん、と肩を叩かれた。

「やっほ」
「明星くん」

小声だからだろうか。明星くんが私に合わせて屈んでいたので顔が近い。少しだけどきっとしたがなんでもないように返事をした。こういうところも明星くんのいいところなのかもだけど距離が近すぎるアイドルっていうのも考えものだなあ。
明星くんが屈んだまま私とホワイトボードを見ている。何も言わないがなんだろうか。用事はないのか?どうしたものか、時計を見るとそろそろ開演の時間だ。ゾロゾロと他のアイドルも集まってきていて私はゆっくり離れようと横にずれたが明星くんがガッツリと私の腕を掴まれる。

「何事、」
「絶対に目を離さないでね」

そう言って私を舞台袖まで引っ張った。何も理解が追いつかないまま私をそこに残して明星くんがステージに飛び出していく。呆然とそれを眺めていると後ろから背中を叩かれる。振り返ると同時に姫宮くんが通り過ぎていく。背中を叩いたのは姫宮くんだ。なんの意図があるのか分からない。ますます混乱してしまう。

「名前!」

呆然としている暇もなく名前を呼ばれる。衣更くんだ。謎に手のひらを見せてくれているので私も自然と手のひらを見せる。パン!と高い音がなった。ハイタッチだ。衣更くんも私をそのままにしてステージに向かっていく。

「……!?」
「行ってくるね!」

続けて控えめに遊木くんが私の手のひらを叩いた。氷鷹くんは私の手のひらに拳を当てて静かに微笑んでステージに向かっていく。朔間くんは私を素通りしていくのでここは通常運転だ。安心する。鳴上くんは私に投げキッスをして行ったし影片くんもなんか分からないがにこ!としてくれた。何人か私に何かモーションをかけてからステージに出ていく。

「ふふ、皆様張り切っていらっしゃいますね」
「伏見くん」

伏見くんは今回のステージには上がらず私のサポートをしてくれるということだった。

「この日までの皆様の努力を拝見してきておりましたがこのステージにかなり入れ込みがあるようですね。うちの坊っちゃまも悲鳴を上げながらレッスンされていました」
「まあ、あんずちゃんに感謝を伝えるステージだもの。気合い入るよ」
「……どう思われましたか?あなたも感謝を伝えられるべき方だとわたくしは思いますが」

ステージで遊ぶように踊っているアイドルたちを見ながら黙り込む。私も感謝を伝えられるべき?そうだろうか。

「私はそう思わないかも。あの人たちに何か有益になることをしてあげられた訳じゃないし感謝されなんかしたら申し訳なくて灰になっちゃうよ」
「随分自己評価が低いんですね」
「傍に完璧なみんなの女神がいたんだもん。そうならないなんてよっぽど神経図太くないと無理」

ステージの上のアイドルは本当に幸せそうに一人に向かって歌っている。

「本当は私もああやってみんなを輝かせてあげたかったんだ。一人一人をきちんと理解してキラキラしてほしかった。アイドルが好きだから。私がこの二年間で満足のいく仕事ができてたら今のこの気持ちも少し違ったかもね」

腕を摩るとじんわりと鼻が痛くなる。

「私にも情熱があったんだな、って卒業前に思い出せて嬉しい。この企画の責任者になれて嬉しい。……伏見くんも今日は至らない私のお世話してくれてありがとう」
「いいえ、わたくしは自分の仕事を全うしただけですのでお気になさらず」

魔法のようなステージはあっという間に終わってしまった。私の仕事も終わりだ。少しだけ客席を覗くとあんずちゃんも楽しそうに笑っている。いいな、きっと素直な気持ちでみんなの感謝を受け入れているんだろう。私は同じことされたとしても居た堪れなくなっていただろう。
アイドルたちがはけてくる。ライトに照らされてキラキラした瞳が熱を帯びている。達成感の顔。その中でも明星くんはまだステージが終わっていないような顔をしているので少し気になったがみんなにタオルなどを渡しているうちに忘れてしまっていた。
アイドルもあんずちゃんも講堂からいなくなり私と伏見くんと裏方を手伝ってくれたアイドルだけになる。

「名前さん、今日は責任者となって仕事をしていただきありがとうございました。あとはわたくし共で片付けますので先にご帰宅ください」
「大して仕事してないし悪いから私も片して帰るよ」
「いえ、遅くなって何かあったら困ります。さあ、あとはわたくし共に任せてください」

伏見くんに半ば追い出されるようにして講堂の外に出る。最後だし片付けまで関わりたかったなあと少し残念に思いながら講堂の扉を閉めた。
まだ星もまばらな夜と夕の間。なんだか悔しい気持ちになる。この二年間、これでよかったのだろうか。もっと何かできたんじゃないか。そんなふうに思ったらなんだか泣けてきてしまってどうしようかと考える。

「名前」
「……明星くん?」

情けない顔をしているので声の方を向けないが多分、そうだろう。もうとっくに帰ったか、あんずちゃん達と一緒だと思っていたので動揺してしまう。
私は背を向けたままなので明星くんの表情はわからない。どうしたらいいのかもわからない。

「今日、どうだった?」

優しくて私を気遣うような声だ。どうだった。どうだったなんて。
悔しくなったよ。私にももっと何かできたんじゃないかって思ったよ。やっぱりアイドルが好きだと思ったよ。どれもこれも明星くんに言うのは恥ずかしい。あの時のことを考えるとどの面下げてそんなことを言えるのかと思われるのも嫌だった。

「よかったよ。みんなすごく輝いてた」

やっとのことでそう搾り出す。声は情けないぐらいに震えていた。

「今日のステージ、あんずへの感謝ももちろんテーマだったけどもう一つテーマがあったんだ」
「そうなんだ。それは成功した?」
「まだわからないかな。名前次第」

私次第。とは一体どういうことだろうか。

「私、次第?」
「やっぱりプロデューサー辞める?」

言葉に詰まる。
やめたくない、やめたくない。でも、私には向いてない。これ以降は他人の人生に大きく関わっていくことになる。アイドルのこれからを担えるほどの能力が私にはない。

「どうしたの、明星くん」

何が言いたいのか真意がわからない。

「名前が持ってくる企画は俺たちを尊重してくれているのがわかるから好きだよ。最初にあった時のキラキラした目が大好き。お願いだからあんずと比べて勝手に一人で落ち込まないでよ」
「……」

ああ、嫌だな。

「私、すごくカッコ悪いよね。わかってる。この土壇場になってまだここにいたいって思うの本当に都合が良すぎる」
「名前」

とてつもなく近くで声がする。驚いて振り返ると視界いっぱいに明星くんの胸元が広がっている。

「やった〜☆大成功!」

声も出ないほどの出来事だった。大吉くんの匂いだろうか。もう冬なのに夏のお日様みたいな匂いがする。
今の状況を自分が把握できる前に明星くんと私に若干の隙間ができる。ず、と鼻がなった。

「名前に俺たちのことが大好きっていう気持ちを思い出して欲しかったんだ!これが俺たちのもう一つのテーマ!」
「え、あ、そうなんだ?」

これからもずっと一緒だよ!と明るく笑う明星くんに思わず力が抜けてしまう。はは、と笑い返すと帰ろう!と私の手を引く。また明日からも私は変わらない時間を過ごすのかもしれない。でも、それはきっと私次第でもあるだろう。自分に何ができるのかもう一回考えてみたい。

「安心したら俺もなんか力抜けちゃった。名前、おんぶしてよ」
「流石に無理だと思う」
「あはは、冗談冗談。帰ろう、名前。これから何か悲しい思いをした時は絶対に相談してね」

うん、と頷くと明星くんは穏やかに笑った。冬の肌を刺すような風が私たちの間を通り抜ける。
明日からの私は明星くん達のおかげで少しマシになる気がした。

後日談