【孤爪とサボテン】


 ぽっかりと空いた穴から飛び出してきたのは、いつぞやの合宿で久しぶりに会った研磨だった。

 「…………え、研磨? 」
 「った………ナニココ…… 」

 研磨は根本だけ黒色になった髪の毛を振り乱しつつ、香箱座りをする猫みたいなポーズで床に座り込んでいる。
 私はそんな研磨の様子に気がついてから、慌てて彼に駆け寄った。

 「え、研磨?、なんで?、どうしたの?、なにしてんの? 」

 眉根を顰めながらも捲し立てるような口ぶりでそう尋ねると、急に穴から落とされたからか、香箱座りのまま動けないらしい研磨が、「ハァ?、俺だってそんなの知らないよ……」と半ば怒った雰囲気で言葉を返してきた。
 私はそれを聞きながら、そりゃそうかと苦笑いを溢す。

 「(研磨が分かんないならもう本当に分かんないよなー… )」

 ──そもそも自分がこの空間にいるのだって謎なのだ。いつの間にか居て、いつの間にかこんな状態になっている。
 後からやってきた研磨にそれが分からないのであれば、もうこれは夢とか空想とかそういうものに近いのだろう。

 頭の中でそう結論つけた私は、座り込んで動けない研磨の背中をポンポンと叩いて、「ここ、ミッションクリアしないと出られないみたいよ」、とだけ呟いた。
 顔を俯かせた研磨は、私のそんな言葉を聞いてどこか怒ったような顔をしながら私を睨む。


 「……なにそれ、えんの方が事情知ってんじゃん…… 」
 「いや俺もさっき知ったばっかだし。似たようなもんだって」
 「それでも俺よりかは知ってるみたいだし……ていうか何?、コレ?、ドッキリ? 」
 「どっちかっていうと夢とか妄想の方が近いかなぁ……ドッキリにしてはお金かかり過ぎてるし」
 「なんで作り手目線なの……」
 「んはは、まぁまぁ」


 中身のあるようなないような、そんな会話をしながらも座り込んでいた研磨の手を引いて立たせると、電源が落ちたように真っ暗だった壁掛けのテレビがブン、と音を立てて点いた。

 私と研磨は突然点いたそれに目を向ける。

 ブルースクリーンに照らされた画面には、白地のゴシック体で【二人でサボテン】とだけ表示されてあって、その言葉の意味を理解した私達は二人揃ってため息をついた。

 おそらくこれが"ミッション"というものらしい。


 「アホくさ……これホントにやんなきゃいけないの? 」
 「俺もそう思う」
 「他に出る方法ないの? 」
 「そもそも現時点でこの部屋に出入り口がないんだよね。……ダメ元でやるしかなさそう」
 「……21世紀にこんな非合理的なことさせるなんて……バカじゃないの…… 」
 「うん、うん。それは本当にそう」

 ブツクサ文句を言い始めた研磨をどうにか宥めすかしながらも、私は提示されたミッションについて考える。【二人でサボテン】……ということは、おそらくサボテンに見えるようなポーズをしないといけないようだ。サボテンと言われてパッと思いついたのは組体操のアレである。


 「(サボテン……サボテンかぁ……)」

 組体操の"サボテン"は、一人が中腰になって膝の上にもう一人を立たせて、膝の上に立った方が両手を水平に伸ばすポーズをするやつだ。ただ、アレがサボテンで間違いがないのかは分からない。似たようなポーズで電柱ってなかったっけ。アレとごっちゃになるんだよなあ。

 そんなことを思いながらも唸っていると、私の隣にいた研磨はムッスリとした表情のまま、「俺が下やるね」と言った。私は研磨の発言に目を点にする。

 「……え? 」
 「俺が下やるっつってんの。ホラ、えん。早く俺の上に乗って」
 「え、待って待って、研磨が下なの? 」
 「そうだよ。悪い? 」
 「いや悪かないけど…… 」

 そう言いながらも、私は言葉を濁す。組体操のサボテンの下、というのは、二人組でするポーズの片方を膝の上に乗せる側の人だ。
 乗せる側だからもちろん負担がかかる。体格差があるペアの場合は、背丈や体重が大きい方が下になるべきなのだが、私の方が研磨より少しだけだが身長が高かった。それなら私が下をやるのが妥当だとは思うのだけれど。
 そういう意図を含めて研磨に本当に下をやるのか、と尋ねたけれど、どうやら研磨は本当に下をやりたいらしい。そういえば、コレと決めたら頑固だったなあ。

 ──夜更かししちゃダメ!って親に言われて夜中の2時に起きてゲームをしていた研磨を思い出して、私は少しだけ笑った。

 「……じゃあよろしくね、研磨」

 私はそう言って研磨にお辞儀をする。
 研磨は「ん、」と短く言葉を紡いだ後に足を開いて中腰になった。お相撲さんのやる四股のポーズみたいなものだ。私は靴と靴下を脱ぎ、裸足になって研磨の太ももにゆっくりと右足を乗せる。研磨の肩を掴みながらも、両足をそろりと研磨の太ももに乗せると、研磨は頭を下げながら私の股の間に頭を通して後ろに仰け反って、自身の膝を掴んでいた両手で、今度は私の膝を掴んだ。
 私はそれに少しびっくりしながらも、研磨の腿の上に立ちながら、慎重に両手を水平に伸ばす。

 これ、落ちて足グネッたら試合できないな、とか、なんかシュールな絵だな、とか、そんなことをぼんやりと考えていると、10秒ほどでガチャン!とどこかで音が鳴って、ブルースクリーンのモニターに【開錠しました】と表示された。私と研磨が驚いて周囲を見渡していると、いつの間にか壁にドアノブ付きの扉が現れている。


 「あ、ドアだ」
 「謎科学技術……」
 「もう夢と思った方が早いでしょ? 」
「そうかも……」
 「ねー」

 しっかしいつあんな出入り口が出来たんだろう、と思いながらも見つめていると、研磨から「もーいい?」と言われて、一瞬今の状況を忘れていた私は、ごめんごめん、と言葉を返した。

 「ガチャンって言ったからには、開いた……みたいだね」
 「……そうだね」

 私は研磨とそんな会話をしながらも、下ろしてと催促する。すると研磨は私の膝から手を離して、また自らの膝を抱えた。私は急に膝を持つ手を外されて、よろめきながらも飛び降りて着地する。足はグネらずに済んだので、とりあえず靴下と靴を履くことにした。

 「……ミッション、これで終わり?」
 「んー。多分、そうだと思う」
 「じゃあえんとはまたお別れだね」
 「ずいぶんさびしい言い方するなぁー。……別に、また春高とか練習試合とかで会えるくない? 」
 「フフ……そうだね」

 靴下と靴を履きながらそんな会話をすると、研磨はニコリと笑って座り込んでいた私に手を差し伸べてきた。私は研磨から差し出された手を掴んで立ち上がる。近くなった距離に少しどきりとしながらも、サンキュ、と言うと、研磨は笑顔のまま、私の頭を一度撫でるようにして触れた。

 「……えん、おっきくなったね」
 「……へ」
 「おっきくなっても、笑う時の癖は変わんないの、面白いよね」

 そう言って研磨は、私の鼻をキュッと軽くつねった。私はそれに驚いてギュッと目を瞑る。……あ、そういえば研磨は私にちょっかいかける時、よくこんな事してたっけ。

 小学生の時の研磨の笑った顔を思い出しながらも、恐る恐る瞼を開けると、研磨は私の顔を見てニヤニヤ笑いながら、「それも、変わんないね」と言ってパッと手を離した。

 「……どれ? 」
 「フフ、秘密。じゃあ出るよ」
 「……うぃーす」


 そんな会話をしながら、私と研磨は同時にドアを捻って部屋から出た。楽しげな研磨になんだか不思議な感情になりながらも、早く寝室なり部室なりに戻りたいなと思った。




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