俺は、数年前にイケニエとして、餌として、吸血鬼の館に差し出された。
正直どうでもよくて、他人事のようだった儀式の果てに、今、俺は餌として生きている。しかし、これだけは言える。昔より今の方がいい。
吸血鬼……名前をフィンと言うが、彼は俺に冷遇をとらなかった。三食おやつ昼寝つき生活と適度な労働。風呂も寝室も保障してくれた。優遇といって過言でないように思う。
彼は血を吸うとき、いつも申し訳なさそうに一言謝ってから牙を立てる。つぷりと皮膚を突き破る感覚は慣れないが、血を吸われてる間は妙にふわふわくらくらした気分になった。貧血。

そんな幸せを噛み締めている俺には、ただ一つ悩みがあった。それは昨晩、ふいにフィンの口から訪れた。

ねぇ、吸血鬼になりませんか?

フィンの食事が終った後、耳元で小さな声でそう囁かれ、俺は返事を返すでもなく首を傾げた。いきなりどうしたのだろうと不思議に思った。
だって、吸血鬼になったらフィンの食事ができなくなってしまう。正しくは、俺がフィンの餌でなくなってしまう。フィンが生きるために、別の人が餌になる。それはどうしようもなく不快だった。紛れも無い嫉妬だ。餌のくせに、と自嘲ぎみに口元をゆがめる。

それでも迷うのは、フィンが俺に「愛してる」だなんて言ったから。吸血鬼になればずっと一緒にいられると、俺が死ぬ時に居合わせなくてすむと、俺を強く抱きしめ、泣きながら話したからだ。
でも、どうしようもなく怖いのだ。俺に向けられた愛が、誤解なんじゃないかとか、飽きられたらどうしようとか。吸血鬼になることに恐怖なんて微塵も感じていない。今は、今はただ、フィンに捨てられる事が怖い。


「……重症じゃん、俺」

俺だってずっと一緒にいたい。でも、嫉妬して、呆れられたり、飽きられたりしたら、嫌だ。
愛なんて簡単に冷めるものだと俺は知っている。父と母がそうだった。毎日喧嘩して二人とも別の人と愛し合ってた。
その記憶をフィンと俺に置き換えると、今にも倒れそうだ。ぐらぐらする。俺はきっと、それに、耐えられない。


「フィンの馬鹿」

なんて難しい問題をつきつけやがるんだ。答えなんて、出る気がしない。

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