teacup

平原を越え、山を越え、辿り着いた遺跡は重厚な門を携えていた。ここに来るまでの間に私はクジャの悪事について聞かされ、何度も“目を覚ませ”と説得された。甲冑の騎士は昔からの馴染みもある為かつい熱が入ってしまうようで、それを盗賊の少年が宥めるのが一連の流れとなっていた。私は頑なに“私にはクジャが全てなの”と通し続けた。居心地の悪さを隠したかったというのもあったかもしれない。そんな私に少年は言った。

“スタイナーは頑なにあいつを否定するし、俺だってあいつの良いところを言えって言われたって一つも思い浮かびやしないけど、シェリーの信じるあいつが偽物かって言ったらそうじゃないんだと思う。だから、シェリーは自分が正しいと思うことをすればいい。その為には何がしたいか、何をしなきゃいけないか、一生懸命考えるんだ。それが必死で出した答えなら端から見てどんなに間違った道だったとしても、俺は受け入れるよ”

クジャは殆どの事象において悪役だった。少なくとも十六歳の少女一人の言葉で覆るほど生半可な立ち位置ではない。けれどジタンは私の言葉に耳を傾けた。世間一般は恐らく騙されているだけだと受け流す私のクジャへの想いを彼はあっていいものとして扱った。正確には私はクジャとの甘い思い出についてなど一切語ってはいない。彼はどこからか汲み取って受け入れていたのだった。この言葉に私は後々何度も助けられることになる。私は彼らに付いて来て正解だった。そう確信した。



***



地上から見上げると果てしない高さの扉は無機質な冷たさを漂わせ、訪れる者を圧倒していた。無論、この石の固まりに歓迎の色などは微塵も伺えなかった。

「これさ、どうやって開けんの…?」

ジタンは周りを見渡し特別な装置がないことを確認すると、扉に手をつき全体重を乗せて押した。それから数秒後、彼は呻き声を上げて振り返る。

「こんなの普通に押したんじゃ無理だぜ?」
「貧弱じゃな、ジタン。」
「そのような軽い剣ばかり振り回しているからである。」
「あと数十年は修行が必要だな。」

フライヤ、スタイナー、サラマンダーは事前に打ち合わせをしたかのような段取りで続けざまに口を開いた。

「俺のせいなの…!?」

そんな彼らの様子に私はお腹を抱えて笑った。

「ほら、ジタン開いたよ。」
「あのさ、そんなに面白いか?」

笑いを含ませながら、何が起こったのか遅れて開いた扉を指差す私にジタンは呆れ顔で尋ねた。この場で声をあげて笑っているのは私だけだった。
丁度扉の裏に佇んでいたモーグリからアイテムを購入し、私は本日二度目のグレードアップを果たした。スタイナーが新しい剣を買ったので古いものを貰ったのだ。来る前に飛空艇でも譲り受けていたので二度目となる。彼は敵対する立場となった今でも私の図々しい申し出を断ることはなく、一本目の受け渡しの際もショートソードを使っていると言えば哀れんだ目でお古の剣を差し出したのだった。
それにしても、彼ら四人の戦闘技術は素晴らしいものだった。慣れているのは勿論、お互いを把握し時折絶妙なコンビネーションを見せては再び個々の戦いへと散る。ほんの少し芸術的な香りさえ感じた。私はそんな彼らの戦い方が好きだった。

「ねえ、いつか武器なしの一対一で勝負しない?」
「構わないが、勝負となれば俺は女でも手加減はしない。」
「そんな舐めた真似されたら怒るから大丈夫。」

私は焔色のサラマンダーと唱われる賞金首とサシの勝負の約束を取り付けた。トレノで貼り紙を見たので以前から彼の名前は知っていたのだ。実際の彼は筋肉質で武骨な肉体を抱えているというのに瞬発力のある素早い動きを見せる。私は彼が気になってならなかった。

「じゃあ約束ね。」
「ああ。」

私はサラマンダーを一瞥する。彼は気だるく頷いた。

「何々、デート?抜け駆けなんて狡いぜ、サラマンダー。」

サラマンダーは俯き、両手のひらを掲げてみせた。



***



大量の金の針。ついにその謎が解ける時が来た。
遺跡内の妙な仕掛けを辿っている最中にそれは現れた。墓石の扉から登場したのはもう一人のジタンだった。誰もが嫌な予感を感じていた。向かい合った彼らの周囲を凍りついた空気が包み込んでいる。まるで異空間だった。切り離されたその空間の境目に触れようものなら、身体は差異に耐えきれず粒子と化してしまいそうな気さえした。ジタンの振りをした何者かの前に沸き出た鏡がオリジナルのジタンを映した瞬間だった。
光を含んだ鏡の破片が一瞬時を止め、花びらのように舞って見えた。気付いた時には鏡は崩れ奥にいるジタンの腹部を槍の刃先が貫いていた。消滅。刺された何者かの肉体は擬態したまま宙へと溶けていく。

「……何をしておるのじゃ。あと一秒遅ければおぬしの命はなかったぞ。」

振り返るフライヤの槍に先程の情況証拠となるものは何一つ残されていなかった。

「……助かったぜ、フライヤ。一度あれを見ると目が逸らせないんだ。動かなきゃと思っても身体が固まっちまう。」
「安心するのはまだ早いのである!」
「あいつ、なかなか固いぜ。」

スタイナー、サラマンダーが声を上げる。大元はまだ断たれていなかった。墓石は扉以外には継ぎ目も何もない完全なる石の塊だった。それは刃のついた武器を持つ物にとっては毛嫌いされる相手だった。

「こうしてみると魔法がないって不便だぜ。」
「新しい剣をこんなものに使うのは気が向かないが仕方あるまい。」

スタイナーは剣を構える。刃などいずれ綻びる物ではあるが、できることなら大事にしたいと思うのが人間である。……石の塊。自然と口角が引き上がった。

「その必要はないかも。」

私は扉を開きかけた墓石の肌に金の針を触れさせた。奇妙な墓石は一瞬にして跡形もなく消え去った。

「…こんなのが居るって知ってたなら教えてくれればいいのに。」

私は此処には居ない彼へと呟いた。
それから先は墓石に困らされることは一切なかった。私達には読めない文字をジタンがあっさり解読し、周囲を驚かせるなんてことも起きたがお陰様で順調に進んでいる。このウイユヴェールという遺跡はテラに関する博物館のような物なのかもしれない。そう考えると不思議と眠くなってくる。遠い昔、メイドとしての作法を習っていた頃の婦長の話と近いものがあった。小難しい彼女の話を聞いていると決まって睡魔に襲われるのだ。そして、我慢が出来ずにふと欠伸を漏らすとお説教タイムへと移行する。彼女の怒鳴り声が頭に響いた。少し目が覚めたかもしれない。

「そろそろ最後、だな。」

ウイユヴェールは嫌な造りをしていた。遺跡自体はさほど大きくはないが、同じところをぐるぐると回らされた挙げ句、最後の部屋への道は意外と近くに存在する。少なからず迷子にはなり得ない。しかし、奥へ行くには興味もない昔話の断片を嫌でも見せられる羽目になる。クジャが嫌うのにも納得がいった。尤も、彼にとっては昔話がどうというより、魔法が使えないというこの環境が痛手なわけであるが。


***



ウイユヴェールの奥地で映像に見た戦艦そのものを打ち破った私達は来た時と同じ山を下り、平原を抜け、飛空艇へと戻ってきた。ジタンの手に握られたグルグストーンを確認した道化師達は私達を艇内へと招き入れた。これでやっとデザートエンプレスに帰ることができる。この件の勝敗はもうすぐ決まろうとしていた。ジタン達にとっても、私にとってもだ。

「ねえ、ジタン。」

他の三人に続き客室の扉を通り抜けようとする彼を呼び止めた。彼の背中に陰りが見えるのは疲れのせいだけではないだろう。

「あなたならきっと助けられる。」
「いきなりどうしたんだ、シェリーちゃんは。」

振り返った彼はいつものようにおちゃらけた調子を作り上げた。

「緊張してるでしょ?」
「そりゃまあ。仲間の命が懸かってるわけだし。」
「大丈夫。何とかなるわ。」

根拠のない励ましにしか聞こえないが、ディアボロスを向かわせているとは言うわけにもいかないので仕方なかった。

「……もしかして、心配してくれてる?」

彼は腰を屈めて両膝に手を重ねた。私を覗き込む虹彩には不思議そうな色と驚いたような色が入り交じっている。

「できることならあなた達には居なくなってほしくない。」

短時間ではあったが彼らとの行動は私にとって楽しいものだった。上手く説明はできないが彼らの醸し出す雰囲気は陽気で温かく、何処か優しくもある。このまま彼らと旅をしてみるのも悪くないという発想さえ浮かんだ。ほんの少し離れるのが寂しいのだ。私は彼らのことが好きになりつつあった。

「何とかするよ。」

私の頭部にジタンの温もりの込もった手のひらが置かれた。不安だったのは私の方だったのかもしれない。胸の奥で凝り固まっていた何かが解されていく。彼の微笑みにはそんな力があった。

「信じてる。」

私は手のひらで彼の首筋を辿り僅かに体重を預けると、頬に唇を触れさせた。

「おいおい…」
「ちょっとしたお礼。また会えるの、楽しみにしてるね。」

困った様子で頭を掻く彼に手を振り、私は客室の並ぶ通路を通り抜けた。彼の溢した、“意外と大胆なのね…”という呟きが私の耳に入ることはなかった。ポケットの中のスピーカーから私を呼ぶ声が聞こえる。

「はいはい、何かあった?」

私はポケットからスピーカーを取り出し、道化師達の声に応答した。ここからが本番だった。



***



重ねられた皿三、四枚分と同じくらいであろう厚さの本の表紙を閉じれば、彼以外には誰もいない部屋にふくよかな音が響いた。ウイユヴェールに行かせていた彼らの乗る飛空艇がたった今到着したところだった。

「何を企んでいるんだか、ね。」

クジャの脳裏にはジタンらに同行させた大切な少女の顔が浮かんでいた。彼は傍らに置いていたティーカップを手に取りくるりと一周させる。彼女が来たばかりの頃にトレノで購入した物だった。彼は空のそれをソーサーに戻した。

「あまりにも甘かしすぎてる。」



ーーーけど、何かに期待もしてるんだ。



クジャは余韻を確かめるかの様に数秒間瞳を閉じ、ソファから腰を上げた。





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