deceive
「仕事の基本は何でしょう。」
「そんなことはいいから、早く此処を開けるでおじゃるよ!」
「そんなことはいいから、早く此処を開けるでごじゃるよ!」
「そんなこと?」
スピーカーから鳴る怒鳴り声が掌に伝える振動は声に込められた威勢とは裏腹にほんの僅か感じるか感じないか程度のものだ。
「こっちにはやることがたくさんあるでおじゃる!遊びに付き合ってる暇はないでおじゃるよ!」
「そうね。確かにやることはたくさんある、かな。ジタン達にグルグストーンをクジャの元に届けさせてから始末。それからヒルダ様と牢獄のエーコを回収し、私をデザートエンプレスに取り残してグルグ火山へ向かう。それのお手伝いってところでしょ?でもまあ、今はたいして忙しくないよね。」
「…何故それを知ってるでごじゃるか!?」
私は施錠された倉庫の扉の前で足を止め、扉に寄りかかった。本来ならば私は何も知らぬままジタンらと共にグルグストーンをデザートエンプレスに持ち帰った後、恐らく適当な理由で遠ざけられ、そのまま置き去りにされる予定であった。彼にとってはそれが私の為であるのだ。
「あっそうそう、この前はお手伝いありがとね。作ってもらった自白剤、すごく役に立ったよ。」
「シェリー、そこにいるでおじゃるな!」
「その扉を開けるでごじゃる!」
私は溜め息をついた。召喚獣の抽出。幼い頃に暮らしていた魔の森の研究所ではマダイン・サリから拉致した召喚士から召喚獣の抽出を行い、その召喚獣を別の人間へと移植する実験を行っていた。全ては私にディアボロスを融合させたいが故の実験である。そして、彼はその実験を支援してきた。
だからこそ、グルグ火山で私の目の前でエーコから抽出を行わなければならないことに抵抗があるのだろう。どれほどその実験で失敗があったか、その失敗で被験者はどうなったかは言うまでもない。彼の出した答えは理解できないこともなかった。しかし、“はい、そうするわ”と頷くこともできなかった。
「焦らなくても、たぶん開けることになると思うよ。きっと私の条件、聞きたくなるだろうから。」
私にはここ数日で学んだことがある。物事を思い通りに動かしたければ、引き換えに条件を提示することだ。甘い言葉で魔法にかけてしまえばいい。ただそれだけなのだ。
ーーー私の条件はね、私をテラまで連れていくこと。実はこれってあなた達二人にとっても得になることなんだよ。
***
「そんなに怪訝そうな顔すんなって。言ってるだろ?助けに来たんだよ。」
「子供だからって馬鹿にしてもらっちゃ困るわ。敵地で会った喋るクマのぬいぐるみの言うことを一々信用してたら行き着く先は奴隷収容所か何処かよ。第一あんたがエーコ達を助ける理由が何かあるっていうの?」
ディアボロスはサリの生まれであろう召喚士の娘の前で肩を縮こまらせていた。このエーコという娘、歳のわりにまともな言い分と何処で覚えたのかと疑問に思うような語彙は子供ながらなかなか侮れない。適当なことを言ってボロが出れば瞬く間に見限られるであろう。そうなれば何かと面倒だ。
「はっきり言って俺にはねえ。けど、俺をここに送り込んだ奴がいる。そいつに命を握られてるんだ。お前らを助けないと俺が消される。なあ頼むぜ、人助けだと思ってさ。そいつ、やると言ったら本当にやる奴なんだ。」
「…いいんじゃないかな、理由はどうあれ助けようとしてくれてたんでしょ?」
俺の名演技を信じてか、とんがり帽子が彼女に歩み寄った。
ーーーそうだとんがり、いいこと言うじゃねえか。
「…………」
ガタガタと震えるぬいぐるみを前に召喚士の娘は考え込む。もう一押しといったところであろう。
「その助けろと言っている奴は誰ケロ?」
「…それは言えねえ。ただ、もしクジャにこのことがバレたらそいつの身も危ないかもな。」
カエルの質問を俺は適当にはぐらかすが、ふと今までぼうっと宙を見つめたままだった黒い髪の少女が何かを感じ取ったかのように此方へ向き直った。しかし彼女が言葉を発することはなかった。さて、決めの文句はどうするか。
「とにかく、このままじゃ俺はチャンクにされてフルーツと一緒にケーキにでも混ぜられて食われちまう。」
「うまいアルか?」
「……あ?」
この丸い生物はク族だろう。フォークを持ってじりじりと迫ってくるそいつに身体は何を考えることもなく後ずさっていた。
「クイナ、ぬいぐるみはおいしくないと思うよ。」
「そうアルか。残念アル。」
またも俺はとんがり帽子に助けられたようだった。クイナと呼ばれたク族は残念と漏らすとあっさりと引き下がる。お陰で子供受けしそうな決めの文句は台無しだ。
「わかったわ。」
召喚士は俺の前にしゃがみ込む。
ーーーその代わり、怪しいと思ったらこの縫い目を引き裂いて引きずり出した綿は燃えカスにしてやるんだから。
彼女は俺の腹の縫い目を指先で辿り、仕上げに臍の辺りをつついてみせた。その表情には幼いながらも、白雪姫に贈る毒リンゴを拵える魔女の風格が漂っていた。
「外側は?」
「そうね…クイナ、ほしい?」
別にこの身体がどうなろうとディアボロス自身には大した支障はないのだが、暫く見ぬ間に世間はより一層物騒になったようだった。
***
「グルグ火山で召喚獣の抽出に失敗したらどうするつもり?」
扉を挟んで私は語りかける。
“知らないでおじゃる。”
“クジャ様が考えるでごじゃるよ。”
想像はしていたが主体性に欠ける答えだった。
「前回アレクサンダーを取り逃したクジャは変わりの武器として、エーコからの抽出で召喚獣を得ようとしてるのは分かるでしょ?もしそれも手に入れられなかったら、ガーランドだかなんだかには立ち向かえない。だからまた別の手立てを考えないといけなくなる。その時に一番苦労するのは誰だと思う?」
“クジャ様でおじゃる!”
“クジャ様でごじゃる!”
道化師達は即答する。
「へえ、クジャが面倒で泥臭い計画の全てを自ら進んでやると思うんだ?」
“どういうことでおじゃるか?”
「下っ端にやらせるでしょ、普通。」
“まさか…”
お互いに表情こそは伺えないが、私が微笑み彼らが顔を強張らせたことは双方が感じ取っているであろう。そろそろ決めの文句の出番だろうか。
「そういうこと。でも私は武器になるかもしれない。ディアボロスが融合してるから。賢いあなた達ならもう分かったよね?」
大事なのは夢を見させること、ディアボロス大先生の教えだ。当初の予定ならばディアボロスもこの場に居るはずだったのだが、今回は彼なしでもなんとかなりそうだった。本当はこういった回りくどいことは性に合わないのだ。彼はこう言えと私に仕込んだが武器になれる確証だって今はない。
“条件は飲んだでおじゃる。”
“条件は飲んだでごじゃる。”
しかし道化師の双子は単純だった。
「それじゃあ仕事の基本は?」
“………”
“………”
「報告、連絡、相談。そのスピーカーは常に持ち歩いてね。何かあったら必ず私に報告すること、いい?」
彼らの同意を聞いた私は最後に数言付け加え、倉庫の錠を解く。
「ところで、ウイユヴェールって何かいるの?」
「何かって何でおじゃるか?」
開いたばかりの出口を潜り抜け、ちょこまかとした足取りで姿を表した小柄な彼らに、暫く前から抱いていた疑問をぶつけてみる。
「クジャが来る前にアイテムの入った袋をくれたんだけど、ポーションの他に金の針が妙にびっしり詰まってたんだよね。」
「ウイユヴェールについてはグルグストーンのこと以外聞いてないでごじゃるよ。」
ただ送り迎えするだけなのだから当然と言えば当然なのだが、やはり彼らも聞いていないようだ。私は身体を抱え込むように腕を組んだ。
「……なんかすっごい嫌な予感がする。」
いつだって嫌な予感に限ってよく当たるものなのだ。