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ーーークジャ様から連絡があったでおじゃる。
ーーークジャ様から連絡があったでごじゃる。

道化師の双子が小さな音声機器で言いつけ通りに私を呼び出すので、双子のいるであろう飛空艇の倉庫へと向かった。
彼らがクジャから受けた指示は、牢獄に残されたジタンの仲間のうちの一人であるエーコを回収することだった。生憎、宮殿からの脱出を試みる彼女らの正確な居場所は把握できていないらしい。道化師達がギミックにまみれた宮殿から彼女を探し出し主の元へと連れてくる間に、クジャがあらかじめ準備していた残留組に似せたダミー人形を材料に、ジタンからグルグストーンを受け取り、それから人質を捕られ言うことを聞かざる得ない彼らを始末する。これがヒルダガルデが砂漠の宮殿に到着してからの流れのようだ。
私はというと最初に集まった暖炉のある部屋にジタンと一緒に呼び出した後、先に飛空艇のドッグに移動する筈の魔方陣にて宮殿の奥へと送り、そのまま置き去りにするとのことだった。

「あの人形、私の分も作ってもらって正解。」
「でも、どうやって人形を動かすつもりでおじゃるか?」
「……絶対に戻ってくる。テラに行けなくて困るのはあいつも一緒だもん。」
「どうでごじゃるかねー。」

私はソーンの顔のサイズに見合わない帽子を奪い取り、彼の手の届かない位置でスベリを縁取るように指でくるくると回した。
ディアボロスはまだ戻っていなかった。クジャの情報から、私のお願い通り牢獄のエーコらを救出したのは間違いないと考えていいだろう。その後、彼は何をしているのか。私の予定では牢獄から出してやればその時点で彼の任務は完了の筈だった。細かいやり取りを行っていないことが完全に裏目に出ている。まさか、ここに来て裏切るだなんて馬鹿な真似はしないといいが、彼は悪魔だ。その点はどうにも信用しきれないのが現実だった。
私が考えを巡らせている間もソーンはぴょんぴょんと跳ね、帽子に手を伸ばそうとするがその指先から帽子までは二〇pほど距離があった。

「魔法でなんとかあの人形、動かせない?」
「信用してないでおじゃるか?」
「悪魔を信用するだなんて馬鹿げてる。」
「じゃあ行かせなければよかったでごじゃるよ。」

私が跳び跳ねるソーンのローブを踏みつけてやれば、彼は“うぎゅ”と情けない声を上げた。

「で、なんとかなんないの?」

私は再び尋ねた。半ば当たり散らしているといってもいい。

「無理でおじゃる。」
「無理でごじゃる。」

彼らはきっぱりと答える。
エーコの回収に行きながら、そんな器用なことは出来ないとのことだ。

「どうすんの?もうすぐ着いちゃうじゃない!」

自棄になって道化師の帽子を投げ捨てた時だった。



ーーーどうした、ヒステリックか?



脳内に神の声が響いた。いや、正確には悪魔だ。

「……絶対に来てくれるって信じてた。」
《だろうな。》

確かに感じる彼の感触に感動さえ覚えそうだ。
視界の端では帽子を拾い上げたソーンが胡散臭いデザインのそれを被り直しながら、“支離滅裂でごじゃる。”と溢す。

《それで、着いたらどうするつもりだ?》

私は数秒間口を閉じ、先程の流れを整理する。

「(その人形に入って私の代わりに魔方陣に乗るの。)」
《………あ?》
「ねえ、説明。」

道化師達は呆れた顔を隠すことなく、さっきと同じ話を繰り返した。



***



それからは簡単だった。私はヒルダガルデ内で飛空艇が離陸するまで身を隠し続ける。その間はディアボロスに任せておけばいいのだ。
クジャに感づかれることがなければいいが、万一、彼の呼び出しに応じたのがダミー人形であることに気づかれたとしても私本人が見つからなければ意味はない。この時の為に魔力の消し方もディアボロスに教わった。幸いヒルダガルデのダクトは人が通れる程の幅がある為、中に入ってさえしまえばまず見つかることはないだろう。
ジタン達はうまくやるだろうか。ディアボロスによるとエーコ達残留組の方は防御システムに到達したそうだった。ジタン達ウイユ組もついさっきクジャの元へと向かったばかりだ。うまく鉢合わせになれば彼らの命は救われるかもしれない。
しかし、もしクジャがグルグストーンを回収する前に残留組が合流してしまったらどうするのだろう。
今更になって自分の選択に不安を感じていた。
数ある選択肢の中で一番起きてはいけないことはクジャがいなくなってしまうことだ。今回グルグストーンを手に入れることが出来なければ、最悪の末路に一歩近づくわけである。重大な岐路において私は事のバランスを左右する問題へと関与してしまったのだ。
この計画が失敗してしまった場合の代替案はあるのだろうか。
私が力になることはできるのだろうか。



ーーーディアボロスを使うこと。



ふと八年前の情景が甦り寒気がした。
記憶を取り戻した今、幼い頃に魔法を教わった記憶もしっかりと残っている。若干だがディアボロスの助けがあれば重力魔法も使えるようになった。
だが魔導兵器として求められる水準には全くといっていいほど足りていないのが現状だ。
私がディアボロスの器として選ばれたのは、従来備わっている魔力の性質がディアボロスのものに近いこと、そして代々魔導士の家系であることが起因してか、膨大な魔力を扱うことができるという理論からだった。もちろん実際の私は優秀な魔導士でいたことなど一度もない。いくら備わっているものが秀逸だったとしても、使いこなす側の技量が足りていなければどうしようもないのである。更に私は魔法が大嫌いである。そんな私に父親であった男も手を焼いていたように思う。
考え事をしている間にエンジン音が変化し飛空艇後部のプロペラが回り始めた。いよいよヒルダガルデが離陸するようだった。
私は倉庫内に天井近くまで積まれた木箱の影から船内の床を見下ろした。人の出入りがなかったのだから当然だが、積荷の山を登った際に見た情景と全く変わらない閉鎖的な空間が一望できた。私は身の丈ほどある木箱を一段一段飛び降りた。倉庫の床まで降り立ってから、私はもう一度積荷の山を見上げる。降りる際に使うエネルギーは登る際のそれとあまりに比例しなかった。



***



「そのうるさい小娘は何処かに閉じ込めておくんだ。」
「誘拐しといてうるさいとは失礼ね!ちょっと!連れていくならもっと丁寧に扱いなさいよ!」
「だったら暴れるなでおじゃる!」
「大人しく付いてくるでごじゃるよ!」

デッキへと通じる階段では、クジャの冷たい声に暴れる少女の声、困惑する道化師達の声が響いていた。

「倉庫に連れていくでおじゃるか?」
「倉庫に連れていくでごじゃる!……鍵は何処にいったでごじゃるか?」

デッキへの扉が開くと共に道化師達の声も一層大きくなる。

「……………」
「……………」

そのまま足を進めれば青ざめた双子と二人に連れられた角の生えた少女の姿がはっきりと伺えた。

「シェリー!」
「シェリー!」

私に気づいた双子は期待の込もった視線を私に向け、連れられていた少女、エーコは“誰?”とでも聞きたげに眉をしかめながら私を見上げた。

「いいところに来たでおじゃる!」
「倉庫の鍵は…」

ソーンが言い終える前に私はポケットに入れていた鍵を投げ渡した。彼らは鍵を受け取るとお礼も言わずに“倉庫に行くでおじゃる(ごじゃる)”と再び階段を降り始めた。
私は扉の脇の壁に寄りかかった。心の準備をしたかった。しかし私の気持ちが落ち着く前に扉は開いた。
腰まである長い銀髪を揺らめかせ彼はやけに丁寧にドアノブを戻した。もう片方の手にはグルグストーンが握られているのが目に入り、内心、胸を撫で下ろした。すっきりとした顎先と高い鼻は扉を向いているが私には間違いなく気づいているのだろう。

「置き去りなんてあんまりじゃない?」
「……なるほどね。驚いたよ、シェリー。種明かしをしてもらおうじゃないか。」

クジャは不自然な間を空け私を見下ろした。驚いているだなんていうのは嘘だろう。反応を見れば簡単に理解ができた。

「気づいてたんじゃないの?」

私はほんの少し嫌な予感を抱きながら聞き返す。

「何かをしようとしてることにはね。」

クジャの口調には苛立ちこそ伺えないが、本当は何もかも分かっているのかもしれない。一際洞察力のある彼ならばあり得ないことではない気がした。私はこの場の空気に圧迫感のようなものを感じていた。ウイユヴェールに向かう前もそうだ。彼の視線に含まれた刺々しい色に私は心のどこかで怯えている。

「いつか置いていかれる気がしたの。だから、自白剤を使った。本当のことなんて言ってくれないと思ったから。そしたら私の直感、当りだったみたい。」

それから、自白剤で聞ける限りのことは聞き出したこと、宮殿の監視システムを拝借してゾーンとソーンの協力を得ていたこと、ウイユヴェールから戻った際の私はダミー人形に乗り移ったディアボロスだったことなどをある一点を除いて全て打ち明けた。

「考えたじゃないか。誰の策だい?」
「大筋は私。細かいところはディアボロス。…怒ってる?」
「感心してるよ。ここまでするとは思ってもみなかった。こんなにすぐに会えるともね。」

クジャは私の頭頂部に手のひらを重ね、飼い猫を撫でるかのような手つきで髪に指を通した。彼の肩に額が触れる。彼に拒絶されることを恐れていた私は安堵した。彼の一挙一動に心が過敏に反応を示している。もし私が何かの検査薬ならさぞ優秀だったことだろう。

「ただ、一つ気になることがあってね。」

吐息が耳に触れる距離で彼は囁いた。

ーーー僕はやろうと思えばこの宮殿の中の魔力くらいは探知することができる。でも牢獄の四人が脱出した際、彼らの位置を把握することができなかったんだ。どうしてかな。不思議だと思わないかい?

この甘ったるい雰囲気には似つかわしくない内容だった。冷やかなものが背筋で立ち往生している。見上げた彼の表情はにこやかで酷く冷めきっていた。


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