plywood

「仕事の基本は何でしょう?」
「突然何でおじゃるか?」
「今忙しいでごじゃる。」

二人の道化師はヒルダガルデの倉庫に予め積んでおいたアイテムを漁っていた。私はそんな彼らを眺めながら宮殿から取り外した監視システムの一部を宙に放っては掌で受け、を繰り返している。けして真面目とは言い難い道化師達に忙しいからと疎まれるのは些か癪だった。

「何してるの?」
「見ての通り、アイテムを整理してるでおじゃる。」
「あいつらに売りつけてやるでごじゃるよ。」
「それはそれは熱心なことね。」

思えば彼らとは長い付き合いである。八年間毎日のように顔を会わせてきた彼らが悪の道に踏み入ったのは、クジャが城に訪れるようになってからであろう。勿論それまでは清廉潔白で嘘偽りとは全くの関わりがなかったというわけではなく、だいぶ前からその気は垣間見えていたわけだが、今回彼らの足元に敷かれた赤い絨毯は主を失った城を飛び出し、サーカスの小屋の脇を通り抜け、悪の秘密基地へと誘った。そして現在盗んだ飛空艇の倉庫に至る。それはそうと、この倉庫の鍵は内側からは閉めることはできない。もちろん開けることもだ。その鍵はというとゾーンの背中から三十p程離れた床板に粗雑に投げ出されていた。

「とりあえず、私いろいろ準備してくるね。」

私はあれこれとアイテムを手にとっては分別するゾーンの背後から作業を覗き込むように告げると倉庫を出た。扉を施錠する音に道化師二人が気づくことはなかった。私は先程まで掌で弄んでいた監視システムのうちの音声の部分、更に言うと音声の送受信を行う機器の一つの代わりに倉庫の鍵を指先で弾き、顔の横でキャッチしてみせた。カジノのイカサマディーラーみたいにルーレットの玉が自分の意思で思った通りに動かせてしまう。その時の気分はきっと今の気分によく似ているのだろう。



***



飛空艇からドッグへのダイブの後、ディアボロスは素直に宮殿の奥へと足を進めていた。途中、宮殿の主のまとわりつくような声が嫌味ったらしく制限時間を告げた。シャープな顎先のほんの少し上で血色の悪い唇の両端が引き上げられた様が脳裏に浮かぶ。つくづく癪に障る男だ。人骨を模したフレームに、ありとあらゆる嘘の固まりを溶かし混ぜ合わせた物で肉付けしてやれば彼が出来上がりそうな気がした。
ディアボロスを飛空艇から投げ捨てた彼女、シェリーはクジャを慕っていた。彼を占めている物質が何なのかそれを知って尚、離れようとはしない。彼女は彼のフレームをただひたすらに信じている。ディアボロスは首を回す。とんだ面倒に巻き込まれている。しかし、悪魔は面倒が嫌いではない。小さな拗れの中に新しい発見を見出だせるかもしれないからだ。ディアボロスは小さく笑い、拷問室の扉を開けた。
天秤の前では小さな赤いマントが数種類ある重りを一つずつ持ち上げ片方の皿に乗せていく。それから赤いマントは天秤に登り、持ち上がった反対側の皿を踏み台にして砂時計の元へと到達した。ディアボロスは瞬きを繰り返す。しかし目の前の状況が変わることはなく留め具が外された歯車は回り、砂時計はいとも容易く返された。振り返った赤いマントはカエルだった。口元に髭を生やした彼はディアボロスを見るなり肩を震わせ口を開いた。

「こ、この砂時計には触らせないケロ!」



***



「なあ、なんでメイド辞めちゃったの?」
「もう聞いたんだ。話、早いのね。辞めたんじゃないよ。クビになったの。」

私はスタイナーを探していたのだが、客室の扉が並ぶ前でどのドアノブを回そうか悩んでいたところ、盗賊の彼から声が掛かった。クジャの傍らで初めて顔を合わせた際の鋭い眼光はなく、ジタンの瞳からはほんの少し心配のような色さえ伺えた。

「だからってなんでまたアイツのとこに…」
「助けてくれたんだ。ブラネ様にクビにされた時も引き取ってくれたの。」
「だからってさ、その…」

ジタンは丁度いい言葉が思いつかないようだった。

「故郷があんな姿になってもよかったのかって?それとも姫が人質になってること?」
「……なんとも思わないのかよ。ダガー…ガーネット姫、相当参ってるぜ?」
「みたいね。街が襲撃を受ける前の日にブラネ様のお墓の前で会ったわ。」

墓に花を備える私の背中を姫は抱き締めた。“無事でよかった”彼女は私の肩に顔を埋め、呟いた。それから、クジャの元にいると聞いて心配していたこと、今までどうしていたのか、ブラネ様がクジャによって命を奪われたこと、城に戻ってきてほしいこと、姫の口からは穴の空いた風船のように次々に言葉が溢れ出るのを私は多少の嘘を交えながら受け流した。幼い頃は姉妹のように遊んでいた姫に会えたのは本来であれば嬉しいことだ。ただ、私には姫の力になることは出来ず、寧ろ、これから追い詰めようとさえしていた。だから私に何の疑いも抱かず、子供のように跳ね回る彼女の挙動には何処か胸の傷が痛むような感覚があった。私は最後に真実を告げた。彼女の期待の込もった眼差しから逃げたかったのかもしれない。

ーーー私、城には帰りません。姫もアレクサンドリアも私にはもう関係のないことです。姫にお力添えすることはできません。

私は足を進めた。アレクサンドリア城はまるでハリボテだった。私がまだブラネ様のお側にいた頃と外観は全く変わっていない。その奥に続く馬鹿みたいに清々しい空の色だって。巨大なベニヤ板に描かれた絵のようにずっとずっとあの時のままだ。

ーーー力になってほしいだなんて思っていません…ただ傍にいてほしの。私にとってあなたは家族……だから…

俯く姫。ハリボテ。すれ違い様の絞り出したような声。ハリボテ。願いの詰まった瞳………
私は心中で溜め息をついた。

ーーー……姫は王家のご息女、私はしがない元メイドです。さようなら、お元気で。

振り返り様に見た最後の姫は呆然と立ち尽くしていた。肩が下がり、地面についた足が辛うじてバランスを取っているだけの身体は今にも崩れてしまいそうだったが、それ以降の姿が私の目に留まることはなかった。ハリボテの前の小休止なんてこんなものであろう。

「アレクサンドリアが崩壊した後、ダガーは声が出なくなった。」
「………………、そういえば姫、雰囲気変わった気がするんだけどあなたのせい?」

巻き戻したフィルムを早々と箱にしまい、引き出しの奥深くへと押し込んだ。瞼にこびりついた姫君の姿を既に日にちの過ぎた告知ポスターのごとく引き剥がし、足元へ泳がせていた視線を彼へと向ける。どれもこれもキラキラとガラス玉のようで、何とも眩しい限りだった。

「なあ、助けたいんだよ。…大事な仲間なんだ。」
「いいよ、助けても。私、詳しいことは知らないけど、グルグストーンを持っていっても“はいどうぞ”なんて返してくれるわけないと思う。」
「じゃあ…」
「でもね、グルグストーンは渡せない。私にだってクジャは大事な人なの。」

解放感の周りを煙みたいにもやもやした何かが漂っている。様々なものが混ざり合って、何かはもう分からない。けれど、私自身は確実に歪んできている。何処かの部品が故障したのか、異物が混入したのか、原因となる場所からゆっくりとずれて新しい形が成形されていく。
ポケットの中で音が鳴っている。おじゃる。ごじゃる。様々な音。まだスタイナーには会っていないというのに。

「とりあえず、私用事ができちゃった。これからしばらく、よろしくね。」




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