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私はミニ丈のワンピースの裾をほんの少し捲し上げ、手元を見ることもなく予め装着していたレッグホルスターにナイフを差し込んだ。リボルバー式の拳銃もナイフと同様に太股にくくりつけられている。それからテーブルに置いていた安物の片手剣を鞘ごと掴み、くるりと手中で回転させた。スタイナーと顔を会わせる機会はあるのだろうか。彼ならばもっとマシな剣を予備に持ち歩いているかもしれない。懐かしい甲冑の剣士の顔を思い浮かべてみる。久々の再会とはいえ、立場上、剣を貸してくれだなんて申し出は無理があるだろうか。

「随分と馴れた仕草だね。いずれ暗殺されるんじゃないかと不安になるよ。」

剣について考えを巡らせている私に、クジャはソファの背に寄りかかったまま首だけを此方に向けた。しかし彼の視線のほとんどは目の前に掲げた自らの爪先にあった。これといって整えられたばかりというわけでもないそれを見つめる瞳は満足そうに細められている。彼は暇をもて余しているのだろう。何せ準備は既に終わっており、あとは来客を待つのみなのだから。

「その前に心労死しちゃわないといいけど。」
「はははっ、心配には及ばないよ。君は生きて戻ってくる。必ずね。」

現在は元通りだが、私が昏睡していた数日の間にすっかり窶れた顔をしていた彼は私の返答が面白かったのか、声を上げて笑った。

「…ちょっと前まではお母さんみたいに心配してたのに。」
「今回は彼らもいるから大丈夫だよ。それに、アントリオンを倒して砂流に飛び込み、モンスターが蔓延る宮殿内を“勝手に”散策した挙げ句、防御システム相手にも全く臆することのなかった君がそう簡単にくたばるとは思えないからねえ。」

クジャはほのかに恨めしさを含ませた台詞の終わりに憎たらしくも口角を上げてみせた。

「ゾーンとソーンを手伝ったこと、まだ少し根に持ってるでしょ?」

彼は微笑みを崩さぬまま首を傾げ、意味ありげな間の後に口を開く。

「行くなと言っていた筈だよ。」
「…ごめんって。」

私は凄然とした流線型の瞳から逃れるかのように彼の手元へと視線を移した。

「ふふ…、少しの間に錠前が増えたね。一体、何をしまい込んでいるんだい?」

彼はまるで別の次元からこの空間を眺めているようだった。私には視認こそできないが、きっとそこでは私の身体は幾本もの縺れ合った鎖でがんじがらめに絡めとられているのだろう。何処となく息苦しささえ感じられた。

「そうだ、君に渡しておきたい物があるんだ。」

彼は思い出したようにチェストの上に無造作に置かれた袋を手に取ると、そのまま私に差し出した。麻袋が揺れる度に中から固い何か、恐らくガラス瓶がぶつかり合う音が聞こえてくる。

「これ何?」
「君の冒険の役に立つものだよ。」

先程までの圧迫感は消え去り、代わりに柔らかい表情が私を見下ろしていた。

ーーーねえシェリー、次に会うまで覚えているんだよ。

クジャは袋の中身を確認しようとする私の頭を掴み、屈み込むように視線を合わせる。一連の流れは必然であると言わんばかりに引き寄せられた唇の感触と共に、彼の口元の動きが瞼の裏でゆっくりと再生された。



***



クジャはこの舞台上において紛れもなく悪役である。普段私の前でその気を表沙汰にすることのない彼が悪役の仮面を被って現れるのはアレクサンドリア以来だった。そして私が仮面付きの彼に加担するのも今回で二度目だ。対して、たった一人牢獄から呼び出され、現在目の前でほぼ一方的な取引について聞かされている金髪の少年は正義の味方といったところだろうか。少年は時々怒りを見せつつも、人質にとられている仲間を天秤にかけられれば頭を縦に振ることしかできなかった。
少年の仲間の一部は私にとってもよく馴染みのある人物である。しかし私には少年の手助けをすることはできない。私の天秤は少年の天秤を反転させた形をしているのだろう。かつての家族の命を手玉に取るこの男と離れるのことの方が私にとっては恐ろしいことなのだ。

「そうそう、今呼んだ三人に加えて特別に彼女も付けてあげるよ。シェリーっていうんだ。」
「…どういうつもりだ?」

クジャの提案に金髪の少年、ジタンは怪訝そうに顔をしかめた。

「どうもこうも、君達には無事に帰ってきてもらわないといけないからねえ。その為なら此方だって手は尽くすさ。」
「どうだかな、俺達が余計な行動を起こさない為の監視役ってとこだろ?お断りだね。そこのか細いお嬢様はお屋敷でご主人様のお世話でもしてればいいさ。その方が見た目的にもお似合いだぜ?」

当然にジタンはわざとらしい身ぶり手振りのついた説明など真に受ける筈もなく、お決まりのごとくクジャが仲間の命をちらつかせてやるつもりで口を開こうとしたのを私が遮った。

「そうね、いつも通りだわ。お仲間さんたちのマグマ煮込み、楽しみね。」

見た目で判断されるのは昔から好きではない。似たようなことを口にした男達がどうなったか、この場でなければすぐ実力行使に取りかかっていたところだろう。

「だってさ。君もいい加減学習しないね。」

クジャはやれやれと顔を反らしてからクツクツと笑う。一方でジタンは“畜生”と吐き捨て床を蹴った。

「というわけで、よろしくね。盗賊のお兄さん。」

私が微笑みかけた直後、魔法陣の上にジタンご指名のスタイナー、フライヤ、サラマンダーの三人が現れる。魔法の使えないウイユヴェールに適した武闘派揃いといったところなのだろう。身に纏った装備や顔つきからはやはりそれらしい雰囲気が滲み出ていた。

「シェリー!?おぬし、どうして此処に…」

重たそうな甲冑の騎士は私の姿を発見するなり、面白いくらいに驚き、目を見開いていた。

「久しぶりだね、スタイナー。元気だった?…って聞くまでもないか。」
「おっさん知り合いなの?」

ジタンもまた思わぬ状況に戸惑いつつスタイナーを見つめる。

「知り合いも何も、シェリーはブラネ様の元側近である!」
「ブラネの側近!?」
「話なら後にしてくれないかい?」

声を張る二人をクジャは牽制した。すっかり横道に反れてしまった話をクジャは本筋に戻し、仲間の命の保証とウイユヴェールまでヒルダガルデで送っていくことを約束した。こうしてクジャとジタンの取引は開始されることとなった。

「(ディアボロス、頼み事していい?)」
《条件次第だ。》

悪魔の回答は想像通りだった。

「(聞いてくれないならテラはなしと思った方がいいよ。)」
《おい、話が違うだろ!》

ほんの数分前に用意した条件は彼には納得がいかないようで、ディアボロスは声を荒げる。それもそうだろう。私と彼の約束は私が憑物石を手に入れる、その為に彼が力を貸す、そういう取り決めの上で成り立っていた。根本を覆すことは契約破綻同然だ。だが形振りに構っている時間はなかった。

「(また私を眠らせる?でもすごく簡単なことだよ。ディアボロスが少しお仕事してくれるだけで計画は続行可能。どう、やる気起きた?)」
《………今回限りだ、いいな。》
「(それで充分。)」

もし此処で私が動かなければ、取り返しのつかないことになる。クジャに対しては裏切り行為となってしまうが私は見て見ぬふりができる程冷淡にはなれないようだ。

「(砂時計の仕掛け覚えてる?これから薬を飲むわ。だから、私達が出発した後牢獄の四人を助け出してほしいの。)」
《悪魔が人助けだなんて勘弁してほしいぜ。》
「(でも悪魔は困っている人間を放ってはおけないんでしょ?)」

悪態をつきながらも、ディアボロスはクマのぬいぐるみの身体で離陸し始めたヒルダガルデのデッキから投げ出された。最悪クジャはグルグストーンさえ手に入れば問題ない筈だ。これは大きな賭けだった。





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